第36話 断絶

仕事が終わり、いつも通り、やや早足で道を歩いていた。ひどく寒い冬の日だ。早く家に帰りたい。暖房の中で子供と他愛ない話でもしたい。いつもと同じ家までの道。家からは夕飯の匂いがしている。この家はカレーだ。確か、小学生の男の子がいたはずだ。玄関のサッカーボールや自転車がその生活を物語る。

公園を突っ切ると近道になる。

その公園に入ると、違和感が始まった。こんな遊具があっただろうか。こんな看板はあったか。それに、いつも使っていた出口はどこだ。

訳が分からないまま、元来た方へ戻る。公園を出ると、家並みに見覚えがない。いや、これまで自分自身が使い慣れていたはずの道の記憶がない。どんなだったか思い出せない。

視界のすみがぼやけているような気がする。視界の中で、壊れかけたテレビのように黒い何かが踊っている。目の病気だろうか。寒さでおかしくなったか。突然のことで混乱しているせいか。目をぎゅっとつぶり、また開く。目をこする。だが、変わらない。

それどころか、目の前が真っ白になっていく。死ぬのか。

死ぬ前に人は走馬灯を見る、と聞く。だが、何も思い出せない。今まで使っていた道がどうだったか。家並みは。最寄り駅は。何をしようとしていたのか。私の家はどこか。私の子供は。妻は。…私は誰か。ここはどこか。記憶がなくなっていく。

目の前が、真っ暗になった。そこで何も感じなくなるほんの一瞬前、思い出した。


私は、ロボットだったのだ。


「ふーう」

博士はため息をついた。研究者の一人がやれやれといった顔で話しかけてくる。

「いやはや、いやはや、ですね」

「どれも失敗ばかりだよねえ」博士は平然と語る。

人口が減る中、ロボットを人間の代わりに生活させて社会を動かす。そんなプロジェクトを進めていた。だが、そのためにはロボットが人間に限りなく近い必要があった。

プロジェクトでは実用段階に入ったロボットもあったが、生活の中で合格ラインにいかないものばかりだ。そいつらはもはや不要だったのだ。

失敗作。そうタグをつけられた彼らは、突如として電源を切られ、消えていく。そんなことが何の疑問も持たれずに繰り返されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る