第9話 一人旅

一人旅は気ままなもので、時間も計画も適当に、思うがままに移動できる。地域によってはフリー切符が買えて、鉄道乗り放題、降り放題だから、駅名が気になった、とか、駅からの景色が良かった、みたいな理由でぶらぶらしてみたり。大学生の頃は平日にふらりと旅行に行くこともできたから、結構そんな旅行を楽しんでいた。

そんな旅行で体験した怖い話。

一泊目のホテルをチェックアウトして、別のホテルに泊まるために荷物を持って移動していたけれど、まあ、重たいので、乗換駅のロッカーに入れておいて、またふらりとあっちこっちめぐっていた。観光名所が駅に紹介されていたので、気になったところに行く、という感じ。平日だったこともあってか、どの名所も人が少なかった。一人旅だと、正直カップルとか見たくないので、個人的にはちょうどよかった。

結構歩き回って疲れて、さて、そろそろホテルに向かおうと思っていたときに、荷物を忘れたことに気づいた。ホテルはビジネスホテルで、チェックインは24時までに済ませればよいけれど、田舎の電車は終電が早いので、時間を確認してとにかく急いで乗換駅まで戻った。

荷物を取り出したときにはもうあたりは真っ暗。田舎の夜は都会に比べて早いなと思った。のんきなことを考えていると、終電に乗り遅れる。一人きり、旅先のよくわからない駅で終電を逃すなんて絶対に避けたい。

ここで終電を逃すのも十分に怖い体験となるのだろうけど、電車は来て、急いで飛び乗った。電車には誰も乗っていない。平日の終電とはいえ、田舎はそんなものか、と思うくらいだった。電車の移動が長い分、体力を消耗していて、気づいたら寝てしまった。

起きると、暗いトンネルの中を走っていた。山を走る電車ってトンネルばかりだ。外も見れないからゲームでも、と思ってスマホを開いたら、時間が1時すぎ。そんなはずはない、そんな時間まで電車が走るわけがないし。

スマホがおかしくなったのかと思って、そのほかの機能を確認した。トンネルの中だからか、圏外でインターネットは使えない。周りには客もいない。焦って乗務員室に向かった。

乗務員室には車掌さんがいて、ほっとした。幽霊かどうかも念のため確認した。足がある。ドアを強めに叩くと、驚いた表情でこちらを向いてくれて、ドアを開けてくれた。

「あの、これって終電ですか、今、どの辺を走っているんでしょうか」

「すみません、申し上げにくいんですが、お客さん、どちらからお乗りでしょうか」

「え、〇〇駅です」

車掌さんが明らかに渋い顔を見せた。その表情の意味はよくわからなかった。

「この電車は、点検のために大幅に遅れていましてね、次の駅で一時停車します。駅に食堂がついていますので、そちらでお食事を摂ってください」

点検なんて全く気付かなかったし、私はどれだけぐっすり寝ていたのか。車掌さんの言っている意味が分からなかったが、確かに電車に乗り遅れないことばかり考えていて、夕飯を食べ損ねていた。お腹はすいた。

やっと外に出たらしいが、真っ暗でよく見えない。深夜だから当然だ。小さい駅に消えそうな明かりが見える。

電車を降りると、やはりほかに誰も降りる人はいなかった。暗い駅舎の二階に明かりがついていて、そこが食堂だった。良いにおいがする。レストランの中には、地元の人だろうか、おじいさんがご飯を食べている。車掌さんがレストランの人と何か小さい声で話していた。レストランの人は私をじっと見ている。

「今日はお疲れでしょうから、サービスしますよ」

出してくれたハンバーグは暖かくておいしかった。こんな時間まで駅の食堂がやっていることは少し不思議だ。誰が使うのだろう。食べ終わって満腹となり、少し冷静になると、食べ物に夢中だったせいで気づかなかったのだが、客のおじいさんが奇妙なことにようやく気付いた。まず、食べるのが異常に遅い。私が店に入った時はもうすでに食べていたはずなのに、まだ食べている。というか、距離が離れているからよくは見えないが、全然減っていないのではないか。そして、その後ろ姿が、なにやら不気味なのだ。説明はできないけれど、生気がない。そもそも、こんな時間に、なぜ、というごく基本的な疑問がある。不気味なのだが、こんな遠方の地で逃げたしたところで、行くあてもないのだ。

レストランの人にお金を払おうとすると、不要だと言われた。何かおかしい。思い切って、あのおじいさんのことを聞いてみた。

「あの人って、」

「ああ、あなたはやはりわかってしまう方でしたか」

いや、わかってしまう方って、どういう意味なのか。わからないから聞いたのに。

「ご推察のとおり、あの方は生きている方ではない、ここはそういうお店です。だから、あなたのような方は来てはいけないのだけれど、ごくまれに迷い込んでしまうので、」

そこまで言われて、私はパニックで質問攻めにした。あまり詳しくは覚えていないのでけれど、私は死んだのか、とか、どうやれば戻れるのか、とか、もう訳が分からず、恐ろしい気持ちでいっぱいだった。

「大丈夫、落ち着いて、元の電車に乗って帰ってください。ほら、車掌が戻ってきた」

この後、変な話だが、元の電車に乗って、うつらうつらしていたら、本来乗っていたはずの電車の終点で、別の車掌に起こされた。

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