第8話 鏡
これは怖い体験ではないのだけど。
父方の祖父母の家はとても大きな家で、小さいころよく家族で泊まりに行っていた。ただ、祖父母は厳しい人だったから、幼いぼくはあまり好きではなかった。一緒に遊ぶ、という感じでもなくて、一人っ子だったぼくは結構退屈していた。
小学校低学年だったか、あるとき、ぼくは大きなその家を探検気分で歩いていた。ちょうどそのときは親戚も集まって、大人たちは話し込んでいたから、退屈していたんだと思う。だから、普段は一人でうろうろするな、とか、あんまり勝手に部屋に入るな、とか言われることもなくて。そんな中で、奥に使われていない物置みたいな部屋を見つけた。
中はほこりがたまっていて汚かったのだけれど、幼いぼくはそういう部屋に入ったことがなかったから、不思議な部屋だと思ってむしろわくわくしていた。その部屋だけ時間が止まっているような印象だった。部屋にはいろいろなものがしまわれていたのだけれど、奥のほうに大きな鏡があった。布がかかっていたからどけると、意外ときれいで、そこに映った自分をぼんやりと眺めていた。
すると、鏡の中の自分の後ろに、同い年くらいの女の子がいた。記憶の中だからぼんやりしているけれど、肌が白くて、かわいい子だったと思う。で、後ろを振り向くと、誰もいない。幼いころっていうのは不思議なもので、今そんな体験をすれば腰を抜かしそうなところなのに、むしろその時は誰だろう、仲良くなりたい、みたいな気持ちだった。
「だあれ」
彼女のほうから声をかけてきた。鏡の中にいるのに、なんで声が聞こえたのかわからない。ぼくの頭の中に直接語りかけてくるような感じ、としか説明しようがない。
「なんで鏡の中にいるの」と聞くと、
「君こそ、なんでそっちにいるの?」
小さいころの記憶ではあるのだけれど、この言葉は今でも引っかかっている。パラレルワールドなんて言葉もあるくらいで、なぜぼくらはこちら側の世界にいるのか、本当の世界は果たしてどちらなのか、時々疑問を感じる。
彼女は「ユーコ」と言って、この部屋にずっといるらしかった。鏡を出てこちら側に出ることもできないし、この部屋から出ることは禁止されているという話だった。誰に禁止されているのか聞かなかったのは失敗だったけれど、その時は祖父母だと思ったから。
「ユーコちゃんはずっとこの部屋で何してるの」
「わたし、ひまなの。あそぼ」
そんな感じで遊びに誘われたのだけれど、鏡に映る場所ではないと彼女とコミュニケーションが取れなかった。結構いろいろ試してもダメだった。ただ、幼いぼくたちは柔軟だから、何もなくても、あっちむいてホイとか、しりとりとかで十分楽しめた。
時間を忘れて遊んでいると、彼女が、みんな探しているみたいだから戻ったほうがいい、と伝えてきた。せっかく仲良くなれたのに、と思って少し残念だったし、みんなに紹介したい気持ちもあった。でも勝手に奥の部屋に入ったことがばれると怒られるのはわかっていたから、急いで戻った。
「またきてね」
ユーコちゃんと別れて、何の疑問も持たずにその部屋を出た。
それ以降、家族の目を盗んで物置に入って遊んでいたのだけれど、4,5回目で見つかってしまった。幼いころのぼくの考えることなど浅はかだったから。いつもちょろちょろとどこ行っているんだ、という話になって、正直に答えると、祖父母だけが本気で怒って、もう二度と入るな、ということになった。あまりの怖さに何も言えなかった。後日、何かの機会があって、父に尋ねたが、その物置には入ったこともない、という話で、何もわからなかった。
そのことがあってすぐ、祖父母は亡くなってしまって、親戚の誰かがその家に住んでいるようだ。祖父母が亡くなったこともあって、家族でその家に行くことはほとんどなくなった。今改めて考えると奇妙な体験だった。
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