眠れない夜の百物語
糸井翼
第1話 美しい
姉はとても美しい人だった。見た目もそうだが、心も本当に美しい人で、私は姉妹という関係を超えて、尊敬していたし、あこがれていた。ただ、それが理由なのか、とても繊細で、人とのコミュニケーションが苦手だった。ひどい人見知りだったし、そのうえ、いわゆるコミュ障という感じで、人にあまり心を開けなかった。精神的に障害があるというわけではなくて、病気ではないのだけれども、まさに例えるならガラス細工のようで、繊細過ぎたのだと思う。
心を開けなかった、という点で、家族とはどうだったかというと、これまたあまりうまくいかなかった。その見た目の美しさのせいもあり、母からは露骨に疎まれていたし、父とは何か見えない壁があったように感じる。祖父母にはかわいがられていたけれど、家の中で心を開けたのは私だけだったと思う。
そんな姉は就活も全くうまくいかなかった。今は結構コミュニケーション重視というか、見た目が美しいだけでは就活はうまくいかなかった。人間関係が得意ではない姉はサークル活動とかボランティアに出ることはほとんどなかったから、就活の話す話題にも困っていたようだし、面接でも強い人見知りの姉にはハードルが極めて高かったみたいだ。
私はそのとき高校生で就活のことなどわからなかったから何も助けてあげることができなかった。両親とは関係が悪かったこともあって、助けてもらえなかった。社会人経験は一番あるから、なんでも相談しろとか言っていた父に勇気をもって相談したが、見た目がちょっと良いからって社会をなめているんじゃないか、などと言いつつ、持論を展開していた。横から聞いていただけだが、姉のつらい気持ちはよくわかったし、私はこの人の子供であることが本当に恥ずかしかった。
就活がうまくいかず、秋、10月となった。涼しくなってきて、うちのマンションの窓を開けると風が気持ちよかった。その日は秋晴れで、空は本当に青く美しかった。
両親は遠い親戚と会う約束があるとかで、姉と私の二人きりだった。窓際で姉の髪が風で揺れた。姉はぼんやり外を眺めていた。何を考えているんだろうと私は美しい姉の後ろ姿を眺めていた。
急に姉が私のほうに振り向いた。最近見ることができなかった姉の笑顔がまぶしい。
「ねえ、私、本当に君のこと、好きだったよ」
窓から飛び降りた。
普通の人は、人の死ぬ瞬間なんて見たことがないだろう。私は姉の死ぬ瞬間を見てしまった。私は忘れられない。姉の死に顔がとても・・・美しかった。たぶん、生きていた時よりずっと。
私も姉のことが好きだった。今も好き。
私は、愛する人に、こんな美しい死に顔を見せることができるかな。
大学生になり、私に彼氏ができた。大学内はイチョウが黄色くなっていた。匂いはきついが、青空に映える黄色いイチョウ並木は本当に美しい景色だ。
「付き合って3年だっけ。」
大学の中にある、研究棟の屋上は私たちのデートスポットだった。秋晴れの、胸がきゅんとするような、本当にきれいな空だ。
彼のほうを振り向いた。
「ねえ、私、本当に君のこと、好きだよ」
私は、姉のように美しい死に顔を見せることができるだろうか。私は君にあの美しい死に顔を見せたい。
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