第22話 生霊

私はいわゆる霊能力者だった。霊能力者なんているわけがないだろう、そう思う人も少なくない。ただ、それには理由がある気がする。というのも、霊感がない人にはそもそも基本的に霊が寄ってこないのだ。そういう環境で育っている、というのもあるだろう。一方、私のように生まれながらにして力を持っていると、悪い気の方からどんどん寄ってくる。

霊といってもピンキリだ。家で小さい怪奇現象があった、なんて日もあれば、とんでもない悪霊みたいなものがいる廃寺にうっかり入り込んでしまったこともあり、という感じだ。

そんな私が一番怖い経験をした話。

悪い気の方が寄ってくるのだ。ただ、寄ってきていることに気づいたときはすでに遅い。大学の頃、宗教学の講義を受けていたのだが、いきなりその教授に呼び止められた。何かと思えば、君、能力者だろう、ちょっと助けてもらえないか、と言われた。この教授も寄ってくるタイプの人のようで、トラブルに巻き込まれている、という。昔の生徒の子供が体調を崩しているらしいが、どうも何かとんでもないものに取り憑かれていることを察したそうだ。あまりに強い、悪い気だったために、自分が中途半端に乗り込んだら危ないと思っていたところ、私を見かけた、という。

「君の方が、私よりはるかにパワーがあるようだから」

無責任極まりないことだ。自分が命の危険を感じた悪霊を、私に祓ってくれ、と言っているのだから。口止め料も含め10万円で協力する約束をした。

私もこの手の修羅場を何度かくぐってきていたから、まあ大丈夫だと思っていた。

大学の休日に教授に連れられて、その家の前に着くと、もうすでに吐き気がする負のオーラを醸していた。一応、危なくないように訪問に当たっては晴れている午後の時間を選んだのだが、何かここだけ暗いような感じ。

玄関では教え子だったという女性とその主人が迎えてくれた。そして2階の子供部屋に案内された。子供部屋も私がおかしくなりそうなくらい負のオーラが漂っている。教授もそれを感じているのか、汗をだらだら流していた。女性は涙ぐみながら教授に症状を伝える。ここ3か月ほど、微熱と体のだるさ、痛みが取れないという。どの病院でも異常なしで、苦しみ方が何かおかしいと思った、とかなんとか。主人の方は、1階の部屋で待っている、と言ってそっと場を外した。子供部屋の雰囲気が辛かったのかもしれないが、私は気遣う余裕がない。

「先生、ここはまずいです、一度体制を整えてからの方が」「わかっているが、頼む、原因だけでもつかめないか」

小声でそんなやり取りをしていると、子供がまた苦しみだした。

「痛い痛い痛い」

私は思わず部屋の外に出てしまった。一度逃げようと思って、階段をダッシュで下りる。後ろで子供の声と女性の悲鳴みたいな声がするが、構っていられない。

1階に降りると、主人が座っていた。こちらからは顔が見えない…

私はその後ろ姿から見えてしまった。この家のすべての負のオーラが子供部屋へと向かっている、その発生源がこの男だと。

悪霊は死んでしまったことで悪の思いだけがこの世に漂う。だから、あんなに純粋な悪の気を発することができるものと思っていた。だが。生きている人ほど怖いものはない。ここまで強く思わされたのは、このときが一番。


後に私は教授に子供が苦しむ原因を伝えた。教授から謝罪とともに聞いた話では、あの家の子は、あの主人とは血がつながっていない、ということだった。


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