第6話 スクランブル交差点
大学生の時、大学が渋谷に近かったこともあって、よく渋谷駅の京王井の頭線とJRの接続通路のあたりで友人と待ち合わせをしていた。そこからあの有名な渋谷のスクランブル交差点がよく見えたので、ぼんやりと眺めていることも結構あった。よくもまあ、あんなに人がいるものだ、くらいに僕は思っていた。
友人があるとき、渋谷でやることがなくなり、悪趣味なことを言い出した。
「交差点の人の後をつけてみようか」
「え、なんで、変態か」
「いや、こんなに人がいるから、どこへ行くのか気になるでしょ」
「興味ないし。駅かなんかのお店に向かっているんでしょうよ」
とぶつぶつ言っていたが、暇だし、だらだらするくらいなら少し友人の悪趣味に付き合おうと思った。これだけ人がいるから、同じ方向に行くのは何もおかしいことではないし、目立つわけでもない。
交差点のところで誰の後をつけようか話していると、友人が
「あの人にしよう」
と指さした。きれいな女の人が一人で歩いていた。きれいだったからなのか、一人だったからなのか、何か周りの他の人たちから浮いているようなそんな印象を受けた。
「本当に悪趣味だよね」
こっそりつけながら、見失わないよう注意する。すると、奇妙なことに、駅の改札の手前まで行ったと思ったら、また交差点に戻りだした。そして、交差点をまた渡って、渋谷のセンター街(交差点を渡るとそういう名前の商店街がある)を少し歩いて、また交差点に戻った。その繰り返し。
僕は嫌な感じがした。尾行がばれているのではないか。
「ね、なんか変じゃない、もうやめたほうがいいんじゃないの」
友人は聞く耳を持たない。いったい何をしているのか、逆に気になる、と言う。ばれているはずはない、とも。確かにこれだけの人がいる中で、尾行されていても普通は気づかない。
ただ、冷静に考えて、僕たちも相当変だ。尾行する、という時点で変なのだが、交差点を行ったり来たりして。もし、何をしているのか、と聞かれたらどう説明すれば乗り切れるだろうか。
交差点を5往復くらいして、さすがに怖くなってきた。
「さすがにやめようよ、つまらないし」
友人は意地になっているのか、本当に馬鹿なのか、
「なら一人で帰れよ、何だったのか、わかっても結果は教えてやらないけど」
「別にいいわ」
ちょっとむっとしつつ、友人とはそこで別れた。
次の日から友人と連絡が取れなくなった。昨日のことに怒って連絡先をブロックされたのかと思って、あきれるとともに、寂しくなったが、どうやらそういうわけでもないようだった。というのも、その次の日にあった一緒に受けていた授業や、別の日の必修の授業でさえ、教室に姿を見つけることはできなかった。別の友人に聞いてみても、連絡が取れない状況だということだ。
何か事件に巻き込まれたのではないか、と思って、その友人の名前でインターネット検索をかけたりしたが、何もわからない。
2週間ほど経ち、寂しい気持ち、不安な気持ちもありつつ、大学生では失踪も時々あると聞くから、こういうものなのか、と自分では気持ちを切り替えはじめていた。
別の友人と渋谷駅で待ち合わせをしていると、時間に遅れる、とメッセージが来た。いつもあいつは遅れてくる。
「想定内、気にしなくていいから」
そう返事して、なんとなく交差点に目をやる。団体行動のようにたくさんの人が流れていく様子は見ていて面白いが不気味な気がする。あれは本当に僕たちと同じ人間なのだろうか。その中に、駅のほうに歩いてくる一人の人に気づく。くたびれているが、見覚えのある顔。
人混みの中に、失踪した友人を見つけた。これだけの人のなかで、結構距離もあるのだが、人混みの中で一人浮かんでいるような、それくらいぱっと目に入ってきた。
「失踪したあいつを渋谷の交差点で見つけた」
急いで待ち合わせの相手にメッセージを残し、交差点へ向かう。まだ見つけられるだろうか。
探していると、僕の後ろから歩いてきた人の群れの中に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。あの友人だ。駅のほうへ歩いていたはずなのに、また駅から交差点へ向かっている。
この前、あの友人と尾行していた女の人と同じだ。まさか、あの友人も、ずっと、延々と交差点を行ったり来たりしているのか。
渋谷のスクランブル交差点には毎日多くの人が歩いている。でも、その人たちはどこから来て、どこに向かっているのだろうか。
待ち合わせをしていた別の友人が30分遅れて到着して、事の次第を話したが、見間違いだろうと相手にされなかった。普通に考えたら信じてもらえない話だが、たぶん、あの失踪した友人は今もスクランブル交差点にいる。
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