第4話 門を叩けば
土曜日に行われた法蓮高校吹奏楽部の定期演奏会は、とても魅力的で輝かしく見えた。
第1部は吹奏楽オリジナルの曲を中心とした構成。第2部はポップス曲中心で部員による劇が行われ、音楽に興味のない人も楽しんでいるようだった。そして第3部ではジャズや映画音楽、そして中学の頃にはできなかったような大曲が演奏された。
「私、やっぱり吹部入ろうかな」
菜々子に打ち明けたのは、週明けのことだ。前の席に座る菜々子は、よいしょ、と横向きに座り直す。
「薫も定演行ってたん? 言うてくれたら一緒に行ったのに」
そう言いながら菜々子は穏やかな笑みを浮かべる。「楽しそうやったし、かっこよかったやんなあ」
菜々子の言葉には苦笑いするしかなかった。
こういった演奏会は中学の頃も小規模ながら行っていたので、一つの演奏会を作り上げるためには、見えないところで苦労があることくらい理解はしている。
それでも、一つの目標に向かって全力で取り組む姿は、うらやましく、まぶしかった。自分もそうなりたいと願うのは、多少なりとも贖罪なのか、それとも自分が変わりたいだけなのかもしれない。
♪
その週の土曜日、私たちは緊張した面持ちで音楽室に集まっていた。入部希望者は大体30人ほどだろうか。2・3年生も音楽室にいるため、かなり狭く感じる。
「はい、注目!」
パンパンと手を鳴らす音が響く。ざわついていた空気が一変し、前に注目が集まる。緑スリッパの女生徒がポニーテールを揺らしながら、全体を見回す。
「1年生の皆さん、まずは入部してくれてありがとう。私は部長の3年、
「はい!」
ビシッと揃う歯切れのいい返事になつかしさと新鮮さを感じる。吹奏楽部が文化系ながら体育会系とも言われる所以は、このあたりの規律の厳しさも関係しているのだろう。
良くも悪くも吹奏楽部とはそういう部活だ。
次に前に立ったのは、背の高い男子部員だった。黒い制服に黒ぶちの眼鏡が光る。彼は眼鏡を手で押し上げながら話始めた。
「僕は副部長の
「はい!」
次、
「はい、学生指揮者の
学生指揮者? と頭をひねる1年生を見て、鈴本先輩は笑う。
「学生指揮者というのはですね、指揮をしたり練習の計画を立てたりする生徒のことです。法吹ではウチとあともう一人、さわわんが担当してまーす。基本的には曲の指揮は顧問の先生がしてくださるんですが、基礎練習や一部の曲はウチらも振ります。やから簡単に言うと、部長・副部長が部の運営を担い、実技面のリーダーはウチら学指揮、って感じです。おっけー?」
ちなみに、と彼女は付け加える。「ウチ、練習のときは真面目にやらせてもらうから、そのつもりで」
それまでと変わらぬ笑顔だったが、その目は真剣で、音楽室の空気にやや緊張が走る。
「愛莉、1年生怖がってるじゃない。私は学指揮の片割れ、
やや小柄な小椋先輩の言葉に音楽室の空気が少し和らぐ。
「はい、部長の私含めた今の4人が、吹奏楽部の幹部です。でも部を支え盛り上げていくのは皆さんなので、それは忘れないでください」
「はい!」
一糸乱れぬ返事に藤原先輩は満足そうにうなずく。
「次に、私たちの活動を支えてくださる顧問の先生を紹介します。
グランドピアノの陰から2人の女性教師が真ん中へ現れる。やや年配な先生とは音楽の授業ですでに顔を合わせていた。授業のときは終始穏やかな雰囲気だった。若く背の高い先生は先日の定期演奏会で指揮をしていた記憶がある。改めて見ると、とてつもない美人だ。肩の長さほどの黒くつややかな髪が左右に分かれ、片方が耳にかかっている。色白で品のある顔立ちだが、あまり表情が動かないのか、どこか冷たさも感じられた。
「こちら向かって右側にいらっしゃるのが
藤原先輩の紹介を受け、桑島先生がにこりともせず話し始める。
「顧問の
「はい」
予想していた言葉と違い、あまり釈然としないまま返事をする。あまり納得していないときにも返事をしなければならないのは、中学の頃からあまり好きではなかった。横を見ると菜々子も不思議そうな顔をしている。
「こちらは副顧問の
「皆さん、こんにちは。もうすでに音楽の授業で会った人もいるかもしれないわね。副顧問の絹田です。直接指導するのはJ部門くらいだけど、何か困ったことがあれば桑島先生でも私でもいいから、何でも相談してくださいね」
絹田先生は桑島先生とは真逆のタイプらしく、にこにこと笑顔を浮かべている。
「では2・3年は各パートで準備をしてください。1年生には今から行う楽器決めについて説明するので、このまま音楽室に残ってください」
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