第20話 応援①

 満身創痍で期末テストを乗り切ると、三者面談期間に入る。授業はもうないためいよいよコンクールに向けて一直線、と思いきや、そうでもない。


「3回の裏、法蓮高校の攻撃は、1番、ショート、田中君」


 朝9時から始まった野球部の応援は、両チーム無得点のまま3回の裏が始まろうとしていた。まだ午前中だというのに、じりじりと肌を焼く日差しに目を細める。

 野球応援は日陰のないスタンドで行われるため、オーボエやファゴット、コントラバスといった木製の楽器の人は演奏には参加しない。野球部員や一般生徒同様、メガホンを持っての応援を行うことになっている。それ以外の楽器も直射日光により調子が狂う可能性があるため、対策は万全だ。私が吹いている楽器も、いつもの自分の楽器ではない。学校の古いフルートに長いタオルを巻いた状態だ。

 前に立つのは海堂かいどう弘樹ひろき先輩だ。野球応援では毎年次の学生指揮者が振ることになっている。彼は指揮棒を持たないスタイルだが、腕が長くわかりやすい指揮だ、と思う。もちろんまだ経験の浅い海堂先輩だけでは難しいため、曲の指示などは前年に野球応援で指揮をした小椋先輩が行っている。

 演奏する曲は予め野球部からリクエストを受けて決まっていた。自分の好きな曲で士気を高めたり、憧れの先輩の打席の曲、また縁起の良い曲がリクエストされることもある。この人の打席ではこの曲、ヒットを打ったらファンファーレ、チャンスのときにはこの曲、など試合の流れに応じた臨機応変さは指揮者だけでなく私たちにも求められる。


「ワン、ツ」


 演奏する曲はかの有名な『タッチ』だ。野球応援の定番とも言われるこの曲も、野球部で脈々と受け継がれているらしい。軽快で走り出したくなるようなこの曲を聞くと、アニメのように勝ち進めるのでは、という気がしてくる。

 演奏が止まり、私たちのいる3塁側から歓声が上がった。


「今、何かいいことあったん。別に打ったわけじゃないよね」


 横に座る舞香にこっそりと耳打ちする。野球応援ではコンクールメンバーに関係なく、部員全員が参加していた。


「フォアボールでさっきの人が塁に出た。ノーアウト1塁かつ上位打線。これはめっちゃチャンス!」

「へえ」


 ぐっとこぶしを固める舞香を見て、私も背筋を伸ばす。野球のルールはよくわかっていないが、応援する気持ちに変わりはない。

 小椋先輩が『エル・クンバンチェロ』と大きく書かれたスケッチブックを掲げ、海堂先輩が振り始める。この曲は法蓮高校がチャンスのときにいつも用いられる曲だ。音楽が鳴り始めると、野球部員や演奏に参加していない吹奏楽部員、そして一般生徒たちが一斉に踊りだす。揃いの水色のメガホンが目に鮮やかだ。アップテンポかつ急き立てられるようなこの曲で、味方の士気を高めるとともに相手に応援でプレッシャーをかける。

 2番が丁寧に送り、なおも法蓮高校のチャンスは続く。それに伴い私たちの演奏も、一般生徒たちの応援にもより一層力が入る。

 炎天下で演奏するのは想像以上に過酷だ。身体の表面だけでなく、お腹に力をこめるため、内側も燃えるように熱い。額から流れる汗を鬱陶しく感じつつ、いつもより熱くなったフルートに息を吹き込む。この応援がどれだけ届いているのかはわからない。でも、届いてほしい。

 キン、と快音が球場に響く。大きな歓声が上がるも、白球の行方を目で追う余裕はなかった。海堂先輩の指揮が変わり、高らかなヒットファンファーレがさく裂する。

 先頭打者がホームベースを踏み、法蓮高校が先制した。2塁まで進んだ打者が力強くこぶしを空に突き上げる。野球部や一般生徒同士が抱き合う様子も見えた。


「応援してるだけなのに、一緒に戦ってるみたい」


 私の言葉に、帽子の下から赤い顔をのぞかせる舞香が笑顔を浮かべる。


「違うよ。一緒に喜んで、一緒に悔しがる。私たちも一緒に戦ってるんだから」

「水分補給も戦いのうちだから、しっかりするように」

「はい!」


 舞香の横に座っていた千秋先輩のもっともな突っ込みに、私たちはそろって返事をする。

 すでにぬるくなったスポーツドリンクを飲みつつ、体を無理やりねじって演奏していない吹奏楽部員を探す。固まっていたので案外すぐに見つかった。普段は落ち着いている佳穂や毅然とした京も今は興奮しているようで、2人ともその場で飛び跳ねている。

 ぼんやりしていると、舞香に肩を叩かれた。慌てて足元に置いたお茶を口に含み、楽器を構える。まだ法蓮高校の攻撃途中だ。振り向く直前、無表情で水色のメガホンを叩く悠の姿が一瞬目に映ったが、意識はすぐに指揮へと引っ張られた。

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