第10話 強くなりたい

 三人組の男たちが離れて行き、ようやく起き上がったコウは真由とバスにたどり着いた。真由は待っている間終始心配そうにしている。乗るはずだったバスを逃してしまい、さらにバス亭で待つ羽目になってしまった。真由はコウの腕の具合を聞いた。


「腕痛かったでしょ? 大丈夫? 一人で帰れそう?」

「大丈夫、だと思う。まだ痛いけど。家に帰ったら湿布しておく」

「気を付けて帰って。それからゆっくり休んで。明日は数学のテストがあるから」


 真由は、自分を責め、かなり落ち込んでいる。

「真由が悪いわけじゃない。俺が弱かったからだ」


 もっと強くなりたかった。見た目が弱そうだからと、相手に見くびられた。あいつらが手出ししようとしないほどに、外見だけでも磨く必要があるんだ。どうしたらよいのだろう。どうしたら、強くなれるのだろう。


――あんな奴らに二度となめられたくない。強くなりたい!


 家にたどり着いて、強くなるための方法を考えた。筋トレをしようか、定期的に走ることにしようか、体格をよくするためにたんぱく質を多く摂取しようか、はたまたボクシングジムに通おうか。最も現実的で、早く身に着き、しかも実現可能な方法は何か。

 そうだ、空手の道場に通っている友達に相談してみよう。コウは、体育の時に友人から聞いた情報をもとに、同じクラスの大樹に相談してみることにした。それを決めただけで、少しだけ心が軽くなった。片だけでも教えてもらえれば何とか格好がつくのではないだろうか。


 翌日はテスト最終日だった。すべての科目を終え、放課後の教室で、大樹の座っている座席のそばへ行った。同じクラスにいたのに、今まで接点が無く、あまり話をしたことがなかった。勇気を出して、話しかけた。


「大樹、空手習ってたよな? いつか聞いたことがあったんで思い出した」

「ああ、小学生の時からな。始めは母親に勧められて、なんとなくやってたんだけど、だんだんはまって今ではやらないと体がなまって仕方がないぐらいだ」

「凄いなあ。見直しちゃうよ」

「何だよ、急にお世辞か?」

「いやいや、チョット頼みがあって。今度俺に技を教えてくれないかな?」

「教えるったって、なにをどうおしえたらいいのかわからないな?」

「お前やったことあるのか」

「いや。全くの初心者だ」

「それじゃあ、大変だな。基礎からやらなきゃな。それで、一体何をしたいんだ?」


 急に頼んできたものだから、どういうことかと訝しげな顔をしている。それはそうだろう。小学生の時から地道に習得したことを、素人に教えてくれと頼まれて、何から教えていいか迷うのは当然だ。


「初心者向けに、型とか、基本だけでいいんだ。強そうに見えるように」

「じゃあ、基本の型だけちょっと教えてあげようか? それだったら、できそうだけど。昼休みにやってみるか。俺も放課後とかは忙しいから」

「もちろんそうだと思う。練習もあるだろうし。じゃあ、よろしく頼む!」


 大樹と練習の予約を取り付けることができほっとした。これで、幾分気が楽になり期待が持てそうだ。


「しかし、コウも色々大変だよな。昨日不良に絡まれたんだって?」

「えっ、知ってるのか?」

「明美から聞いた。帰りがけにお前らの姿が見えたんだけど、大変なことになってるみたいで怖くて隠れてたんだって。騒ぎが収まってしばらくしてから帰ったらしい。その時には誰もいなくなってたって」

「なんだよ。あいつ見てたのか。助けに来てほしかったな」

「それは、無理だよ。そんなことがあったんで、強くなろうと思ったんだな。お前も大変だな」

「このことは、誰にも言わないでくれよな。秘密だからな」


 コウは、大樹に口止めしてから、教室を後にし、四人でテスト最終日に行くことにしていたファミレスに向かった。


 ファミレスには先に三人が来て座っていた。敦也が手を振って合図した。コウは急いで三人のいる席へ向かった。


「待った?」


 レイナが笑顔でコウに答えた。


「さっき来たばかり。英語はどうだった? 出来た?」

「まあ、何とかなったようだ。前よりは出来てると思う。教えてもらったおかげだよ」

「良かった! 教えた甲斐があった」

 

 敦也が、真由に聞いた。


「真由は、数学できた?」

「お陰様で、赤点は回避できそう。二人が教えてくれたから、助かった。早めに手を打てばよかったのにね」

「ふたりでって、ああ、コウも教えてあげたのね。まあ、みんな無事に終わってよかった。お腹すいちゃった。早く食べよう」


 この日は、三科目のテストがあり、店に来た時には正午を回っていた。レイナが、メニューを手に取り、あちこち見て悩んでいた。


「俺はパスタランチにする」

「私はドリアにしようかな?」


 四人は思い思いのランチを選び注文した。ドリンク付きにしたので、それぞれが好きなドリンクをグラスに注ぎ、乾杯した。


「この四人でランチするなんて、考えられなかった。不思議な縁ね」


 食べ終わったところで、レイナがしみじみと言った。


「俺も、今までは打ち上げといってもコウと二人だけだった」


 敦也もうなずく。


「思いがけず友達になったから」


 コウはなんだか自分がきっかけでこの会ができたようで、気恥ずかしくなった。


「なんか、俺がきっかけみたいだな」

「その通り!」


 敦也が、にんまりとコウの顔を見て笑う。


「せっかく友達になったんだから、四人で何処かに遊びに行くっていうのもいいんじゃない?」


 レイナが提案した。


「遊びに行くのか……」


 敦也が、天井を見上げて考えている。


「横浜でも行ってみるか? 中華街もあるし、のんびり公園をぶらつくのもいい」

「そうね、そう遠くもないし、行ってみましょう」


 真由も乗り気なようだ。一緒に行けるなんて夢みたいだ。残るは、コウの返事を待つのみとなった。返事は決まっている。


「いいよな?」


 敦也が、コウの方を見た。女子を含めて遊びに行くのは初めての経験だったが、もうためらうことはなかった。


「もちろん、行くよ」


 そう答えた時の、三人の喜んだ顔を見ると、幸せな気持ちになった。


「決まりだ!」


 そうして、四人で日曜日に横浜へ遊びに行くことになった。楽しそうに行くと返事をした真由の方を見ると、幸せな気持ちがこみあげてきた。これはデートと言うんじゃないだろうか。コウはちらちらと真由の方を見て一人悦に入った。


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