第36話  ロールケーキと感動の朝

 二人は、ロールケーキがつぶれないように注意しつつ、急ぎ足で帰った。


「おい、遅いんじゃないのか?」


 敦也がいった。


「そうよ。待ってたんだから。どっか寄り道してたんじゃないの?」


 二人は、コウたちの動きに疑いの目を向けている。


「早速みんなで食べようか」

「美味しそうよ!」


 真由が知らん顔をしてケーキを袋から取り出し、切り分けた。六等分に切り分けると、一人分のケーキは丁度良い大きさになった。切り口からいい香りがした。オレンジの実も現れた。


「あら、オレンジの香りがする」

「ホントだー、いい香り。それに生クリームともマッチしていて美味しい」


 レイナも大喜びでパクついている。甘いケーキに紅茶がよく合う。窓から見える海は陽ざしを受けキラキラと輝いている。


「う~ん。うまいっ!」


 コウも敦也もフォークで切っては、パクリと口に頬り込む。


「コウ、クリームが口に……」


 コウは、口の横に着いたクリームを取りぺろりと舐めた。四人は高坂や拓也ともだいぶ打ち解けてきた。


 夕方になると、二人で持ってきた食材を皆で手分けして調理した。美味しい、美味しいと口々に言い、食後は順に風呂に入った。全員が入るころには九時を回っていた。


「そろそろ部屋でのんびりする?」


 敦也が言い出し、各自の部屋へ行って寛ログことにした。コウはパジャマに着替え、布団を敷き寝る支度をした。真由とレイナも今頃は部屋で女子トークをしているのだろう。同じ屋根の下で一晩過ごすことを考えるだけで胸がいっぱいだ。それだけでも気持ちが舞い上がっている。こっちも男子トークをするかな。


「おい、敦也。そういえば敦也は好きな女子いるの?」

「別にいないよ」


「レイナは?」

「あいつは彼女じゃない。お前は真由といい関係なんだろ? うまくいってるじゃないか」


 こっちから振った質問だ。聞かれるに決まっている。


「まあまあだ。うまくは、いってると思う」

「ふ~ん。やっぱりさ、告白したのが良かったんだよ。俺の占いに従って」


 そうだった。敦也が今日は告白したらうまくいくって俺をけしかけたんだ。


「結果よければすべてよし、かな。でも、失敗してたら悲惨だった」

「そうかな。お前が振られたとしても、そんなに人は悪く言わないだろう。だって、好き嫌いはその人の好み一つだから。誰のせいでもないんだ」


「だから、ちょっと感謝してるんだ」

「ちょっとかよ?」


「だいぶね。へへへ。一緒に旅行にも誘ってくれて、ありがと。こんなチャンスがないと、真由と宿泊旅行なんてできないよな」

「旅行は兄貴のお陰だ。まあ、気にするな」


 男子トークは案外あっさりしている。そこで話は途切れ、お互いにスマホをいじってマンガを読んだり、メールをチェックしたりと指先ばかりが動いている。


 隣の部屋からは、何やら楽しそうな声が聞こえて来ては、笑い声がしたり「えーっ」と言う叫び声が聞こえてきたりする。女子トーク真っ最中のようだ。レイナは数人の男友達の話を、真由はコウとのデートの話で盛り上がっていた。レイナは大笑いして聞いていたところだった。

 真由、あまり俺の事を色々話さないでくれよ。後で何を言われるか分かったもんじゃない、と念じていた。


 コウと敦也は暫くスマホをいじったり、お喋りをしているうちに眠くなり、どちらからともなく布団にもぐっていた。布団に入っていても隣の部屋でおしゃべりをする声が時折聞こえてくる。楽しそうな話声を聞いているうちにいつしかコウはうつらうつらしてきて眠ってしまっていた。


 真由とレイナは深夜まで話し込んでいたが、歯を磨きにリビングの方へ出て行った。隣の部屋は妙に静かだ。


「ねえ、真由。男子たちはもう寝ちゃったみたいね」

「ほんと。静かね」


「ちょっと覗いてみようか?」

「ええ、止めた方がいいんじゃない?」


「ちょこっとね」


 和室の障子をすっと開け、目だけをそこに合わせて中を見ると、電気を消して二人ともピクリともしないで寝入っていた。


「よく寝てるー」


 真由も覗いた。


「まあ、布団をかぶってスヤスヤ寝てる」


 再び、障子を静かに閉めた。真由とレイナも静かに部屋へ戻りベッドにもぐりこんだ。



 コウは、目を覚まし時計を見た。六時だった。


 目覚まし時計をセットしなくても自然に目が覚めた。そういえば昨夜は布団に入ると自然に眠ってしまったんだ。敦也も早く寝たはずだが、まだスヤスヤ寝息を立てている。

 一人静かに部屋を出てリビングに行くと、真由が起きていてカーテンを開けて海を見ていた。


「あっ、真由、おはよう」

「あら、コウ、早いのね」


「真由も……」

「目が覚めちゃった……」


「俺も」


 水平線の向こうにほんの少しだけ頭を出した太陽の光が見えた。その光が空の水平線の上をほの明るく照らしていた。


「綺麗だーっ!」

「こんな景色みられないよね!」


――静かだ。


――まだ誰も起きてくる気配はない。


 濃い青色を下海の上にオレンジ色の帯が見える。その中心にひときわ明るい黄色い光があり、周囲を赤く染めている。空は海より明るいブルーで下の方だけうっすらと白くなっている。


 こんなにいろいろな色彩を見せてくれる日の出を見たのは初めてだった。色彩は刻一刻と変化する。いつも見ている太陽は建物の上に黄色く見える太陽だ。その色に注意を払うことはない。これが見られただけでも来たかいがあった。


 白い雲がブルーの空にところどころに浮かんでいる。


「だんだん、明るくなっていく!」

「綺麗ねえ! 感動しちゃう!」


 暫く二人は、窓の外の光景にうっとりと見とれていた。

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