第35話 はらはらと舞い散る桜の下で

 一行はマンションに戻り午後の時間を過ごすことにした。


 敦也がトランプとウノを持参してきたので、四人はテーブルで遊ぶことにした。高坂と拓也は二人で部屋で寛いだり、時折キッチンに飲み物を取りに来たりしている。

まだ部屋は少し肌寒いので、エアコンを入れた。部屋は次第に温まってきて、かじかんでいた指先もほてってきた。


「さて、トランプでもやろう」


 敦也が部屋へ戻りトランプを持ってきた。それを手際よく切った。


「何がいいかな?」

「七並べやらない」


 真由の提案で、先ずは七並べをすることにした。敦也は機敏な指さばきで四人にカードを配っていく。まるでプロのディーラーのようだ。七のカードが出そろいダイヤを持っていたコウが先行となった。


 しかし一巡目から出せる手札がなく、パスとなってしまった。他の三人は止まることなく札を出し二巡目が回ってきた。この時は運よく手札を出すことができたのだが、再び次の順番が来ると出せなくなりパスとなった。


 他の三人は、こちらを見て優越感に浸っている。


――ついてない。またパスだ。


 すると次は、敦也がパスをした。手札があってもパスをする作戦に出たのか、ただ単に出す札がなかっただけなのかわからない。敦也はポーカーフェイスだ。


「あらら、パス」


 今度は真由がパスした。一度もパスをしないで順調に持ち札を減らしているのはレイナだけだ。何でこんなについてないんだろう、とコウは舌打ちした。


「パス」

「えっ、またパス?」


 レイナがにんまりしている。レイナの持ち札はどんどん少なくなっていく。これだけないというのも珍しいかもしれない。


 すると今度はレイナがパスをした。今まで好調だったせいか、かなり残念そうだ。


「この分じゃ、レイナの勝ちかな?」


 敦也がレイナをちらりと見て言った。そういう敦也もパスは少ない。手持ちの札が一番残っているのはコウだ。しかしだいぶ札がそろい出してから、真由が続けて何度もパスをした。どちらが先に上がれるだろうか、というところだ。コウは後半になって同じ絵柄で続き番号を持っていたせいか、パスが全くなくなった。それに対して真由は、後が続かなくなった。


「上がり!」


 パスが少なかったレイナが一番になった。二番は、コウか敦也のどちらかだ。


「俺も、上がりだ!」


 敦也がいった。コウと真由の二人だけになった。俺がびりになればいいのに、とコウは思ったが故意にびりになる方法が思い浮かばない。結局次はコウが上がり、真由が最後の一枚を置いた。


「あ~あ、あたしがびりだった……」


 コウは慰めた。


「七並べなんて運だから、気にすることないよ」


 レイナが言った。


「じゃあ、今度はポーカーやろうよ」


 四人は、ポーカーをやることにした。敦也がカードを切ったり配ったりしている。慣れているのか素早い手つきが決まっている。


 最初はレイナが勝ったが、次はコウが勝ち、その次は真由が勝ったり、誰かが一人勝ちすることもなく終わった。


 まだ夕食までには間があるし、少し小腹が空いてきた。


「ちょっとお腹空いてきたな。おやつタイムにするか」


 敦也がいったが、電車の中で大方食べてしまい、あいにくもう菓子はなくなってしまっていた。キッチンにいた高坂がいった。


「駅前に洋菓子屋があっただろ。あそこのロールケーキ美味しいんだ。買って来ればよかったな」


 それを聞いた真由がいった。


「あたし買ってくるわ!」

「じゃあ一緒に行こうか?」


 レイナがいったが、次の瞬間すかさずコウがいった。


「俺が一緒に行ってくるからいいよ!」

「あっ、あらそう……。じゃあ、二人で行ってきて」


 コウと真由は二人で駅まで買い物に行くことになった。一緒に旅行をしているのに、ちっとも二人きりの時間がない。これでほんの束の間二人で過ごせると、喜び勇んで名乗り出たのだ。そんな気持ちを知ってか知らずか、真由は外へ出るときょろきょろと周囲を眺めている。


「さあ、行こう」


 コウだけがやたら威勢よく歩き出した。


「駅まで十分ぐらいだもんね」


 メインストリートをまっすぐ行けば駅に出るので、迷うことはない。


 高坂が言っていた洋菓子屋はすぐに見つかった。美味しいと言っていたロールケーキを一本買うと、来た道を引き返した。


「ちょっ、ちょっとだけ寄り道しよう」


 コウは真由の手を握った。


「えっ……」

「ほんの五分か十分ぐらい」


 コウは海の方へ行くか、公園に入るか迷った末公園へ行くことにした。公園の方が木が多く、二人でいても目立たない。


「じゃあ少しだけね」


 公園へ寄り道することにした。広い公園なので人の姿がほとんど見えないところもある。少し歩いて、人目のないところまで行った。空気は冷たいが、繋いだ手と手は暖かく、少し汗ばんでいる。


 ベンチにケーキの入った紙袋を置くと、更にぎゅっと真由の手を握った。真由ははっとしている。


――ここへ来たのは……。


「真由、キスしたい」


 今まで、ぐっと抑えていた気持ちが溢れだした。コウは真由の体を抱き寄せ、唇を寄せた。


「んっ、はあ……」


 嫌がってはいない。むしろ、期待に震えている。それに気をよくして、さらに強く唇を吸った。


 背中を撫で、腰を抱き寄せる。からだの体温全てが伝わってくる。暖かくて、柔らかい。コウのごつごつした体に、ふわふわした真由の体が食い込んでくるようだ。

ずっとくっついていたいが、時間は残酷に過ぎていく。


 コウは真由の手を、自分が一番触れてほしい部分に持って行った。


「ああ……」


 なんて素敵なんだ。その手は柔らかく、温かいぬくもりが伝わってくる。からだじゅうが溶けてしまいそうだ。コウは真由の背をさらに強く引き寄せる。胸のふくらみが、押し返すように胸に当たる。


「ふう……」


 これ以上は、ダメだ。コウは体をゆっくり離し真由の目を見つめた。キラキラと光っている。


「そろそろ戻らないと。時間がかかりすぎてしまう」


 真由の頭の上には桜の花びらが乗っていた。コウはその花びらを一つ一つ丁寧にとると、手を放し二人は公園を後にした。

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