第34話 桜貝と桜
「ねえ、下へ降りてみたい」
真由が皆に提案した。
「いいなあ。昼食までまだ時間がありそうだから、行ってこよう」
コウもそんなことを考えていたところだった。
部屋に荷物を置き身軽になり、コウと真由、敦也とレイナの四人は海岸沿いを散歩することにした。春先の海岸は、人気が少なくゆったりとした時間が流れていた。
「まだ寒いけど、気持ちがいいね」
コウが真由にいった。
「眩しい!」
「水平線が見える……」
「ああ……空が青い」
海から吹いてくる風は潮の香りがした。空気が澄んでいて、空はどこまでも青い。深呼吸するとからだの隅々にまで酸素が行き渡るようだ。
コウは波打ち際まで行き、白く砕ける波と戯れた。少し沖へ歩みを進めては、波が来るたびに急いで戻る。スニーカーが濡れないようにする、その加減が楽しい。
「あんまり沖へ行くと、波が来るよ!」
真由が冷やかす。しかし、素早く身をかわして濡れないところを選び、スニーカーで砂浜を蹴っていく。
「大丈夫、素早く戻れば」
真由は、そんな姿をちらちら見ている。レイナは貝殻を拾い始めた。
「綺麗な貝殻! 見て、真由! ほら、ほら」
貝殻を真由に差し出して見せた。
「あら、綺麗。あたしも見つけるわ!」
真由が貝殻の方に気を取られているので、コウも傍へ寄って貝殻拾いを手伝うことにした。
「ピンク色が綺麗だな」
「桜貝じゃないかな……」
波打ち際に、ところどころ光るものが見える。
「おっ、見つけた! ちょっと白っぽいけど」
「これは、結構ピンクがかってる」
同じ桜貝でも、白っぽいものから桜のようなほんのり色着いたもの、かなり濃い色の物やオレンジがかったものまである。いくつか拾い集めて比べてみた。
「色味が結構違うもんだな」
「ねえ。綺麗でしょ。これなんかグラデーションがあって素敵」
同じ貝でも一色ではなく、複雑に混じった色合いをしている。
「結構採れた。コウ、お土産に持って帰ろう」
「そうだね。後で小瓶に入れておくといい」
四人が一しきり浜辺で遊んでいると、拓也と高坂も降りてきた。拓也が四人に向かっていった。
「ちょっと早いけど昼食にしないか?」
四人は拾った貝殻を丁寧に袋に入れ、引き上げた。駅の方へ向かって歩くと数件の食堂や土産物屋が見えてきた。そのうちの一軒を指さして高坂が言った。
「ここの魚美味しいんだ。入る?」
外から店内を覗くと、いい匂いが漂ってきた。
拓也がいった。
「お前が薦めるなら間違いないだろう。ここにしよう」
四人も拓也の意見に従って店に入った。四人掛けのテーブルなので、ここでも高校生四人と、大学生の二人が別のテーブル席に座ることになった。
隣のテーブルに座っている敦也が高坂にいった。
「今回は、こんなに大勢引き連れて、悪かったんじゃないのか?」
「いいや、部屋も時々開けて風を入れた方がいいんだ。電気や水道料金ぐらい大したことないから、気にするな。お前の弟の友達だから信用してるよ」
「そうか。家の物を大切に使うように言い聞かせておくよ」
「それなら、いっといてくれ」
コウたちは自分たちの事を言われていることが分かったので、耳をそばだてて訊いていた。お互いに目配せして、畏まって聞いた。
店員がメニューを持ってきて、四人は何にしようか迷っていると、高坂が彼らの方を向きいった。
「海鮮丼もおいしいけど、キンメダイの煮つけもおいしいよ」
コウは、どちらにしようか迷っていた。レイナがう~んと迷った末、最初に決めた。
「あたしはキンメダイにする。金目鯛定食!」
敦也が次にいった。
「俺は海鮮丼にしてみる。刺身も新鮮でおいしそうだし、色んな種類の魚が食べられる」
それを聞いたコウは、真由にちょっと訊いてみた。
「真由はどっちにするの?」
「あたしは……金目鯛にする」
「じゃあ、俺も金目鯛定食にしよう」
高坂は、それを聞き四人にいった。
「迷ったんだったら、明日の昼もここで食べてもいいんだぜ、みんな」
それから、店員にいった。
「こっちは、海鮮丼二つお願いします」
四人が行儀よく待っていると、店の奥からいい匂いが漂ってきて、盆を持った店員が次々とテーブルに料理を運んできた。
「わあ、美味しそうな匂い。頂きまーす」
四人とも料理にぱくついた。金目鯛は煮汁が良く沁み込んでいて、ほっこりとした身を噛みしめると、甘辛い香りが口いっぱいに広がった。
「金目鯛美味しいわねえ!」
真由が、幸せそうな顔をして食べている。料理を食べる時の彼女はいつも本当に幸せそうだ。作った人に感謝の気持ちを持っているから、いつかそんなことを言っていたっけ。
「海鮮丼もうまいぞ」
敦也が一人で、三人にいっている。後ろで、敦也たちがくすくす笑っている。高坂が再び振り向いていった。
「よく味わっておいてよ。夜は、カレーだから」
今度はこちらの四人が笑う番だった。
「カレーだったら任せといてください。私得意ですから!」
レイナが元気よくいった。
「ありがとう。一緒に作ろう」
皆でカレーを作るなんて、キャンプのようだなとコウは思った。でも、みんなでワイワイ作れるからいい。
二人並んで食べた金目鯛定食の味は最高だった。どんどん二人の距離が近づいていくようで、ときめきく気持ちで胸がいっぱいになった。
お腹がいっぱいになり、海岸沿いの公園へ行ってみることにした。河津桜の花が見事だった。丁度満開に咲き乱れていた。
「わあ、綺麗ねえ」
レイナが歓声を上げた。
「ちょうどいい時に来たのね。誘ってくれてありがと」
真由が、敦也に礼を言った。車窓からちらちらと見えていた桜の花が公園中に植えられていて、濃いピンク色の帯のようになっていた。レイナが、その周りをぐるぐると回ってみたり写真を熱心にとっている。
「写真撮ってあげる」
スマホをコウと真由の方へ向けている。
「もっと近寄って、もうちょっと。ポーズは?」
二人はぴったりくっついていくつかポーズをとった。レイナは数枚の写真を撮った。
「二人に送るね!」
送られてきた写真には、桜の花を背景に微笑む二人の姿があった。
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