第33話 突然の宿泊旅行に興奮

 いつの間にか寒く暗い季節も終わりに近づいていた。日が長くなり、ほんのり梅の花などが咲き始めている。コウは模試の成績がことのほかよかったので、勉強にも身が入るようになっていた。


 そんな折、敦也の兄から素晴らしい話が舞い込んできた。


 大学生の兄の友人高坂の親が所有するマンション別荘を一泊二日で貸してくれることになったのだ。会社の重役だというその友人の父親は、景気の良い時代にマンションを購入したということで、敦也のとりなしで一緒に遊びに行くことができるようになった。敦也の家に度々遊びに来ていた高坂は、弟敦也とも顔見知りになっていた。それならば、部屋もあることだし友人たちも誘って賑やかにやろうということになり、コウも達も参加させてもらえることになったのだ。真由とレイナも二人一緒ならということで、お許しが出た。女子たちは、兄の監視付きということになっている。

話しを聞いてからというもの、三部屋あるというその別荘に留まるのが待ち遠しくてたまらなかった。真由とレイナの家は女子が二人一緒だということで、許可が出ていた。


 出発の日の数日前から、バッグに荷物を詰めてはにんまりとするコウだった。ほとんど婚前旅行に行くような気分だったが、親には全くその気配は見せなかった。自分のせいで怪しまれて中止になったら、とんでもなく悲しいことになるから。あくまで敦也と彼の兄と一緒に遊びに行くのだ、と言ってある。


 そしていよいよ出発の日がやってきた。


 敦也と兄拓也、彼の友人の高坂、レイナと真由そしてコウの六人が待ち合わせ場所である駅の改札口にそろった。


 高校生たちは、皆愛想よく高坂にお辞儀した。彼のお陰で、宿泊費が無料で旅行できることになったのだ。普通列車で一時間余りのところにあるその別荘へ行くための交通費と、食費ぐらいで泊まれるとあって高校生にはありがたかった。コウは、相好を崩していった。


「高坂さん、よろしくお願いします」

「別荘に泊まるのなんて初めてです!」


 真由も、嬉しそうにいった。


 お互いに自己紹介して電車に乗り込んだ。桜の季節にはまだ少し早いが、河津桜の花がもう見ごろになっている。


 しばらく走り郊外に出ると車窓からは、ピンクの色鮮やかな河津桜の花が満開になっているのが見えた。一足先に咲くこの花は、四月に咲くソメイヨシノに比べて色が濃く、まだ寒い季節に華やかさを与えてくれる。


 木の下に、菜の花が咲いていたりすると、クリーム色とピンクが調和して春の饗宴のようだ。


「うわあ、綺麗ねえ! だんだん花が色鮮やかになる」


 レイナがはしゃいでいる。


「出かけるのなんて久し振り!」


 真由も景色を見て喜んでいる。


 今日は土曜日とあって通勤客の姿はなく、時間も早いので乗客は少なかった。レイナ、真由、敦也、コウの四人はボックス席居座り、すっかり旅行気分を味わっていた。敦也の兄と友人の高坂は別の二人席に座り、静かに話をしたり、時折スマホをいじっている。


 真由がチョコレートやクッキーなどを出した。


「みんな、食べて!」

「わあ、ありがとう。いっただまーすっ!」


 敦也が、素早くナッツ入りのチョコレートに手を伸ばしてパクリと口に入れた。コウも負けずに一つつまんで口へ放り込んだ。カリッと噛むと、香ばしいナッツの香りが口に広がる。後を引く美味しさだ。もう一つもう一つと何個か頬張った。


「コウ、アーモンドチョコ好きなのね」


 真由が笑っている。


「うん。まあね」


 冷たい緑茶をごくりと飲む。始めは建物ばかりだった景色が、次第に自然豊かになり、遠くには海も見えるようになった。河原の景色も次第に広々としてきた。


「だいぶ遠くまで来たな」


 コウは、しみじみいった。旅行の気分がさらに盛り上がっていく。


 旅行というのはこの非日常の景色や、時間を気にせずゆったりできるのがいい。コウが窓側の席に座り、隣の席に真由が座っている。


 コウが体を動かすと、時折膝がぶつかったり、太ももが触れ合ったりする。暖かい……。心まで温かくなる。


 こんな近くに一時間以上も座っていられるのだ。楽しくないはずがない。会話が途切れても別に気まずい雰囲気にはならない。


 そんな時には、レイナや敦也が何かしら話題を振ってくる。


「コウ、一緒に宿泊旅行するの初めてだよな」

「そうだな」


「お前寝相悪くないか」

「悪くない! 俺は大人しいもんだ。ベッドから落ちたこともない」


「本当か?」

「歯ぎしりとかしないよなあ」


「絶対ない!」


 真由の前でそんな質問をするなよ。恥ずかしいだろう。


「三部屋あるから、俺とコウで一部屋。真由とレイナで一部屋。兄貴たちで一部屋だからな。夜這いなんかするなよ」

「こ、声が大きいぞ。俺は、そんなことはしない……」


 電車の中で突然こんなことを言わないで欲しい。どきりとしてしまったではないか。真由が交際宣言をしてしまったので、二人の交際は全校生徒の知るところとなったのだが、どれほどの付き合いをしているのかは、本当のところ誰も知らない。手を握ったこともないような、ふりをしている。



 高坂のマンションに着くと、それぞれ自分が泊まる部屋に荷物を置いた。ベッドは四台あったので、女子二人と高坂と卓也がベッドを使用し、コウと敦也は布団を敷いて眠ることになった。


「綺麗な部屋! 海が見えるのねえ……」


 レイナが感動している。


「素敵ねえ。風が気持ちいいわあ」


 真由が窓をから入ってくる風を受けて、すがすがしそうにいった。


 五階の部屋のリビングから外を眺めると、眼下には海岸線が見え、遠くには大海原が見渡せた。


「眺めがいいなあ。海が綺麗だ!」


 コウも感激の声を上げた。

 都会で見る海の色とは全く違う。青の色が鮮やかだ。


 六人はリビングに集まり、これからの事を打ち合わせた。食材は高坂と敦也の兄卓也が用意してくれている。昼食は、近所の食堂で魚料理を食べることにし、夕食は手分けして作ることになった。


 コウはもう真由と一緒に同じ場所に泊まるということだけで、心の中は興奮状態だった。へまをしないように気を付けなければ、と気持ちを引き締めた。

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