第32話 やればできる……多分

 それからのコウは、家に帰り猛勉強の日々を続けた。夕食目に勉強、食べてから勉強、風呂に入ってからさらに勉強。起きている間はすべて勉強に費やした。その間に真由にメールをすることだけは怠らない。


「今何してるの?」

「勉強」


 暫くしてまたメールが来る。


「今は何してる?」

「勉強してる」


 寝る前にもメールが来る。


「まだ勉強してる?」

「うん。勉強してる」


「頑張ってね。お休みなさい」

「お休み……」


 そのあとまた勉強をするが、思い出してコウの方からメールする。


「返事短くて御免。大好きだよ♡」

「あたしも。頑張って👍」

「また明日」


 始めはイケメンに負けたくないと思っていた勉強だが、担任に言われた『参考書を一冊読破せよ!』という指令を守っているうちに、その本にはまってしまった。今まで知らないことが多すぎ、それにようやく気がついた。何と学問の世界は深遠なんだろう、と感心しながら時間を費やした。


――よし、これならきっと成果が出るはずだ! 今度の模試で力試しだ! 


 などと気持ちはどんどん上向いた。


 そうしてやってきた模試の日。いよいよ決戦の日。勉強しようと決意してから一か月が経過していた。一か月は長いともいえたし、あっという間だともいえた。とにかく起きている間、家にいる間はずっと勉強していたので、寝るまでの時間は長く感じられた。しかし過ぎてしまえばあっという間。成果は果たして出るのだろうか。


 全力で受けた試験の結果が更に数週間後に郵送されてきた。郵便受けから予備校の名前の入った封筒を取り出し、コウは急いで自室に駆け込んだ。こういう物は一人で見なければならない。封を切り結果を見て……驚いた!


 猛勉強した教科の成績は確実に上がっていた。それもかなり上向いていたのである。


「やったー! よーし、この調子だぞ!」


 コウはイケメンがやったのと同じことを、真由の前でやって見せた。放課後の教室で広げて見せたのだ。


「真由みてくれよ。俺の頑張りを!」

「どれどれ、お手並みを拝見しましょう」


 結果を広げてみた真由の表情がとたんに変わった。イケメンの結果を見た時よりも反応が大きい。


「あいつほどじゃなかったけど……。だいぶ上がった。今までで一番うまくいった」

「凄いわ。これだけの結果が短期間に出せるなんて、やればできるんだね!」

「いや、照れるなあ」


 なんせこの一か月は大変だったからな。イケメンへの対抗意識からだとは言え辛かった。睡眠時間もかなり少なくなった。メールの返事もとても短かった。


「これで少し見直した?」

「あら、別にバカにしてたわけでもないのに、何言ってるの。見直したも何もないじゃない」


「いやあ、翔馬の事あんなにほめちぎってたから、頭のいいやつの方がいいだろうと思ってさ」

「そんなあ。比べるつもりはなかったのに。コウったら意地っ張りね」


 しかし翔馬の模試の結果を見た時、愛らしい瞳が憧れを秘めて翔馬に向けられ、称賛の言葉がふっくらとした唇から漏れた。あの時にめらめらと燃えた嫉妬心は、今でも忘れられない。そして今あの時と同じ愛らしい瞳が俺の目に注がれて、称賛の言葉が俺だけに注がれている。


――はあ、嬉しい。徹夜した甲斐があった。


――天にも昇る気持ちだ。天国とはここの事かあ。


――もうこのまま舞い上がってどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。


 すると、担任が教室の前を通りかかった。


「おい、コウ。この間の模試はどうだった。猛勉強の成果は出たかな?」

コウは、担任の岡本に結果を見せた。

「ほう、やるじゃないか。やればできる。今までやらなかっただけだ。努力が報われた。この調子だ!」


「先生が薦めてくださった参考書を全部読んでみました。大変だったけど」

「そうか。これからまだまだ伸びそうだ。期待してるぞ」


 岡本は白衣のすそを翻して、教室を出て行った。


 コウは再び真由の方を向いた。瞳がきらきらと輝いていた。髪の毛の上の方を少しだけ編み込みにしているのはいつもと同じだ。だが、放課後になりちょっとだけほつれているのが妙に色っぽい。


「何を見てるの?」


 またしても以前のようにじっと見てしまった。しかもすぐに気付かれた。


「目とか髪型」

「どっか変わってる?」


「いや、いつもと同じ」

「今日はまたじっと見ちゃって、変ねえ。見とれちゃってるのかしら?」

「えへへ……」


――やっぱり変だと言われてしまった。見る時はさりげなく見なければ。


「さて、帰ろうか?」

「そうだね」


 真由がすたすたと歩きだした。コウはその後を少し遅れて歩いた。その方が彼女の立ち姿がよく見える。歩いていると、踏み出すたびに揺れる髪の毛、きゅっと引き締まったウェストラインと、スカートから覗くまっすぐですらりとした足が美しい。真由は立ち姿がことのほか綺麗だ。


「あれ、今日は並んで歩かないの?」

「ううん、俺の事は気にしないで、どんどん歩いちゃって」

「ふうん。そう」


 まっすぐな姿勢で、また歩き出す。


――綺麗だ! 


――実に綺麗だ! 


 付き合ってるのに、以前と気持ちが変わらないなんて……。


――やっぱり俺は変態か?


 いやいや、美しいものはしょうがない。ちょっとだけこのまま歩いて行こう。


「ちょっとお」

「まあ、いいから、いいから」


 真由に不思議がられながら、不審者のように斜め後ろをついて行くコウであった。

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