第4話 全校中に知れ渡る

「あ、中間点の先生がいる」

 

 そこには、二人の先生が、監視していた。生徒が無事に通り過ぎるのを見守っているのか、インチキをする生徒がいないか見張っているのかはわからない。こんなところを見られるのはまずい。

 コウは、さっと手を振りほどき苦しそうなふりをして歩く。真由は、足を引きずりながらの歩行になった。


「二人とも大丈夫? 苦しそうね」


 女性の先生が訊ねた。


「まあ、何とか」


 真由が平静を装って答える。


「無理しないで。歩いてもいいのよ」


 いつもは先生の瞼に張り付いているつけまつげが、今日は風のため、ずれてしまっている。笑いたい気持ちをこらえて通り過ぎる。


「あのつけまつげ、取れそうだったね」


 コウが、真由にいった。


「教えてあげなかったけど、帰りに取れちゃってるかもしれないわね」

 

 真由もおかしくて、笑いをこらえている。もう一人の男の先生も声を掛ける。


「自分のペースでいいんだぞ!」


 そういってもらえると安心だ。真由は、支えが無くなり、一人で歩くのはかなりつらそうになっている。


「先生が見えなくなったら、また肩につかまってよ」

「ありがとう。助かる」


 再び、二人きりの甘く切ない時間がやってくるかと思い、コウは興奮していた。しかしそれを悟られてはいけない。夢なら覚めないで欲しい。バスで偶然を装って、隣に座った時以上の期待とときめきを味わっていた。


「あいたたた。今日は病院へ行った方がいいかな?」


 真由は、コウが興奮していることにはまったく気がつかず、足の痛みと戦っている。


「絶対行った方がいい。捻挫してるかもしれないからね」


 体が密着し、胸のふくらみが再びコウの脇腹に優しく触れ、上下左右に動いている。なぜかそこばかりに神経が集中してしまう。時折腰もぶつかり、弾力のある腰の感触が伝わってきてうっとりする。こんなことでもないと、今まで憧れていた真由に触れる事などできなかった。真由の彼氏になれたらいいのにと、この時ほど強く思ったことはなかった。そして、真由もこの状況が意外に嫌じゃないんじゃないかと、勘違いし始めていた。

 道幅が細くなりさらに二人は密着しなければならなくなった。視界には何も入らず、思考は止まってしまった。ただ両足を動かすのみだ。


 急に曲がり角を曲がり視界が開けると、そこには係の先生と、走り終わった生徒たちが、あちこちにたむろしていた。


――やばい! 見られる! 離れなければ!


 そう思って、腕を離そうと焦ったが、すんなりほどけなかった。


「あーーあー、お前ら何やってるんだよ」

「二人三脚かあ?」

「ほら、あの子告白したんですって……」

「真由どうしたの、大丈夫?」

「コウ、うまくいったのか? 仲いいじゃないか」


 奴らは、口々に勝手なことを言いあっている。のんきなものだ。コウは再び自分たちに向けられた好奇の目を避けるようにしてゴールに向かった。なぜ、ゴール手前のこんなところにたむろしてるんだ。駄目じゃないか! 

 真由は、右足をかばいながらゴールした。手を貸したことがばれてしまい、得点になるのだろうか。そんなことはどうでもよくなっていた。もう、いたたまれない。

 ゴールの係の先生は、二人に順位を書いた札を手渡した。最後尾だったが良く頑張った、と褒めてくれた。最後尾だから、手を貸していても一応完走したことにはしてくれたらしい。


 コウの最高の時間が終わった。しかも大勢の生徒の目に晒されて。またしてもやってしまった。ここのところ、災難続きだ。真由は、養護教諭に右足首を見てもらい、湿布をして戻ってきた。教室へ入り着替えを終えると、クラスメート達が口々に言った。


「楽しそうだったね」

「お前らうまくいってんじゃない?」

「そんなんじゃない。怪我をして歩けなかったんだ」


 いくら弁明しても取り合ってくれない。


「一人で歩くのもきつくて、コウに肩を貸してもらっただけよ!」


 真由が、弁明している。あんなに可愛い真由も、俺が彼氏じゃ物足りないのだろう。


「そうそう、俺たち付き合ってるわけじゃないから」


 コウも、話を合わせる。


「それにしちゃ楽しそうだったよ。コウなんか、超嬉しそうな顔してた」


 姉御の明美が余計なことを言う。


「もうやめて! 明美まで。ほんとにたまたま後ろを走ってたから支えてくれただけ。コウは、人助けが趣味なのよ」


 勝手にそういうことにされてしまった。


「そうなんだ。俺、人命救助してみたかったんだ、日頃から」


 またまた、話を合わせる。マラソン大会でコウは有名人になってしまった。もう全校中にこのことが知れ渡ってしまっただろう。その他大勢の生徒でいた方がよかった。全校生徒で走ったマラソン大会で、とんだ失態を演じてしまった。


 帰り道、いつものように普通に歩いてバス停に向かっていた。


「コウ、カッコよかったよ」

「頑張ってね!」


 女子生徒が意味の分からない声援を送ってくる。今日の学校生活が終わった。しかし、こんな調子では、明日また何があるかわかったものではない。どんな試練が待ち受けているのだろうか? 彼女に嫌われてしまわなければいいのだが。冷や汗をかきながら、必死で平静を装って歩き続けるコウであった。


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