第13話 美少女と秘密に付き合う
コウは真由と観覧車の中で、最高の時間を過ごした。いいよ、という返事を聞いた時どれほど嬉しかったことか。今思い出しても、体が震えてくる。だが、これからどう振る舞えばいいんだろうか。そうだ、学校へ行っても堂々と自分の彼女だという態度で接していいということなのか。さらに身震いがする。
「付き合うってことは、クラスのみんなに冷やかされた時も、堂々としていればいいってこと?」
「う~ん、あのね。ちょっといいにくいんだけど、提案があるの……」
「何。どんなこと?」
「暫くの間、みんなには付き合っていることを秘密にしておかない?」
「ということは、訊かれた時は付き合ってないって答えた方がいいってこと」
「う~ん、否定はしなくてもいいんだけど。彼女でも彼氏でもないってことにしておかない。その方がコウのためにいいと思う」
「俺のため……。どうして?」
「コウはばれると、焦って自分を見失ってしまいそうだもの。それで焦ってパニックになりそう。だから……暫く内緒にしておくの。どう思う?」
「その方がいい……かあ。確かに、みんなに知られてしまったらどんなことを言われるかわからない。秘密の付き合いっていうのもスリルがあって楽しそうだな」
なんだかぞくぞくする。具体的にはどんな方法をとるのだろう。
「学校で会った時は、さりげなく挨拶して、普通に話をするの。別に特別な関係じゃなって言うふりをしてね。コウは普通にしていればいいだけだから、難しいことはない」
「いつも通りってことか。特別意識しないようにすればいいんだな。それなら簡単だ。学校では友人っていうことだと、じゃあ、いつそのう、彼氏と彼女の付き合いができるの? 要は、デートはいつどこでするのかってこと」
「それはね……二人きりになった時だけの楽しみに取っておく」
学校では二人きりになる機会なんかめったになさそうだ。そんな素振りさえ見せてはいけないとなると、演技力もいりそうだ。
――では一体、二人きりになれるのはいつなのだ!
「何か心配なことでもある?」
「そのう、いつ二人きりになれるのかなと思って。あと、どこで会えばいいんだろう」
もっとも重要な点だ。
「そうねえ。図書室だって、どこに誰が潜んでいるかわからないし、放課後の教室だって、急に誰かが入ってくるかもしれない。校内では難しそうね」
――そうそう、そこが一番の問題だ。
「メールを送ることにしたらどうかな。それならだれにも気づかれないで時間と場所を指定できる」
「そうだな。当分それでいくよ」
ということで、コウは今後デートは誰にも知られないように、秘密の場所ですることになった。
帰り道、真由は敦也とレイナに言った。
「私たち、やっぱり付き合うのはやめたの」
コウも同じように続けた。
「実はそうなんだ。よく考えてみたんだけど、一人に絞ることはないと思って」
再び真由がそれに同調する。
「そうそう。私たち、特定の相手だけと付き合うことないんじゃないかなって。別に嫌いだからってわけじゃなくて、今まで通り友達として付き合うことにしたのよ」
「気を遣ってもらって、ホント有難かったんだけどね」
敦也もレイナもあっけにとられたように顔を見合わせた。
「何よ、あなたたちうまくいってよかったと思って、喜んでたのに!」
「人騒がせな奴らだな。俺たちの努力は何だったんだよ!」
コウは、再び弁明した。
「だから、有難かった」
これには何か裏があるのだろう、と敦也はジト目でコウを見ている。
「後で、詳しく説明しろよな」
完全に疑われてしまった。敦也を欺くのは至難の業だ。案の定二人だけの時に訊かれた。
「お前ら、どういうことなんだ、これは?」
「いや、別に。付き合ってないんだからそれだけだ」
「怪しいなあ。俺にも隠し事か。分かった、もう言わなくていいよ。多分あいつに秘密にしておいてくれって言われたんだろう」
あ~あ、こんな簡単に見破られてしまったのか。隠し通すことは難しいが、ここはあくまでとぼけているしかない。
「そうじゃないんだ。本当に」
「まあいい、真由に言われたから、お前からは言い出せないんだろう。分かったよ。俺も秘密にしておく」
ということで、敦也もそれ以上追及してくることはなかった。他の生徒たちだけには、知られないようにしよう。
真由と廊下ですれ違った。クラスの女子たちと一緒だった。彼女たちは当然俺がどういう反応で彼女を見るのかを、好奇心いっぱいで見ている。それをうまくかわさなければならない。真由がどう反応するかも彼女たちの最大の関心事だろう。廊下を通りかかった関係のない男子も、ちらちらとこちらを見ている。無視するのも良くない。
「ああ、真由。どこ行くの?」
「ちょっと図書室まで。返す本があるんで」
「ふうん。じゃあ」
こんな感じでいいだろうか。さりげなく、あくまでさりげなく、付き合ってるとは思えないように自然に答えた。女子たちは、あれそれだけなの、という表情をして去って行った。二人の反応を楽しみにしていた男子も、何だという顔をしている。
――よーしっ、この調子だ。
コウは、教室へ入るとメールが来ていないかどうかチェックする。
――やった!
ハートマークや顔文字がたくさんついたメールが真由から届いている。ラインではなく、コウ専用にメールで送ってくることになっている。特別感が高まってきて、見る度にくらくらしている。よし! 今日の待ち合わせ場所は、駅の裏手にあるコンビニの前か。時刻は、……フムフム。勿論行くと返事をする。これで秘密の初デートの約束は完了だ。そうなってくると、放課後になるのが待ち遠しくて仕方がない。授業を受けていても、食堂でクラスメイトと昼食を摂っていても、会話は上の空で楽しい時間の事だけを想像して、頭の中でにやけている。
放課後になり、レイナが廊下で待ち構えていた。俺と真由は付き合い始めたと思い込んでいるが、何と言われるだろう。
「コウ、今日は。あ、そうだわ。真由と一緒に帰るんでしょ。じゃあね」
「いや。俺たち付き合ってるわけじゃないんで」
「へえ、またまた、本当なの?」
レイナはやはり信じられないようで、疑いの目でこちらを見ている。そして、にんまり意味ありげに笑っている。なんだか気持ちが悪い。そのやり取りを、帰り際ちらちらとこちらを見ている連中もいる。全くこういうことはみな興味ないと言わんばかりの顔をしながら、内心は知りたい気満々なんだ。それを避けるための、カモフラージュだ。聞かれていたので、わざとはっきりと聞こえるように言ったのだ。レイナは、真相を知ってか知らないでか、こういった。
「じゃあ、一緒に帰る、駅まで?」
「ああ、いいよ」
こうしてコウは、レイナと一緒にバスで駅まで帰った。レイナはいつものように陽気にバスの中でもしゃべっていた。
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