第14話 秘密のデートはオレンジジュースの味

 自然な流れでレイナとバス停へ歩き、たまたま同じ時間だったからという流れで駅へ向かった。これでカモフラージュは成功だ。一緒に歩いてきた女子たちも同じバスに乗り込んでいる。レイナとは、友人として程よい距離を取りながら、話をしながら十五分ほどで駅に到着した。渋滞もしていなかったので、待ち合わせの時刻までには十分時間がある。レイナがいった。


「じゃあね。私ちょっとコンビニに寄ってから帰るから」

「そ、そうか。俺はまっすぐ帰るから、じゃあまた」


 まだ待ち合わせには十分以上あるから、すぐに向かわなくても大丈夫だ。レイナは買う物を買ったらすぐに帰るだろう。その間駅の周辺を一回りして戻ってくればいい。バスを降りたほかの女子たちも電車に乗るために改札口へ向かったり、自分の家の方向へ向かったり、それぞれ塵尻になって歩いている。コウをちらりと見て、歩き去っていく女子もいたが、たいして気には留めていないようだ。ほっと胸をなでおろして駅へ向かって歩き出す。バスのロータリーから階段を昇り反対側へ通り抜けるために通路を通る。ここまで来ると先ほど降りた生徒達の姿は見えなかった。レイナはバス停側のコンビニに入ったようで彼女に見られることもない。ここまで来るのにも、緊張して手に汗をかいている。時間より少し早いが、約束のコンビニの前に行ってみよう。時間と場所を指定して二人きりで会う初デートだ。うきうきしてくる。時めいて踊りだしそうになる。

 ところが、待ち合わせ場所であるコンビニの前に、同じ学年の男子が数人集まって飲み物を片手に立ち話をしているのだ。あいつら、今頃何やっているんだ!これじゃあ会うところを見つかってしまう。


――早くどけ! どいてくれ――っ!


 面と向かって言うわけにもいかず、心の中で悪態をつくが、何食わぬ顔をして引き返し様子をうかがった。行ったり来たりして間抜けな顔をしているところを見られてもまずい……。


――しばらく様子を見てみよう。まだ時間はある。


 ところが五分待っても、十分待っても、そいつらは動こうとせず、お喋りは止まらない。ああ、真由はどこにいるんだ。もうコンビニの中にいるのだろうか。しかし、コンビニの中で十分以上過ごすのはきつい。せいぜい一~二分だろう。遠くから様子をうかがっていると、コンビニの中から真由が出て来た。


――ああ、真由の方が先に来ていたんだ! 待たせてしまった。コンビニの中で、店員の視線にさらされてさぞかしつらかったことだろう。心が痛む。


 コウは急いで電話を掛けた。真由がスマホを取り出して、返事をした。


「御免! 十分ぐらい前にコンビニのそばまで来たんだけど、男子の一団を目にして入っていけなくなった」

「ああ、いるね。心配しなくてもいいよ。雑誌を見たりしてたから。散々迷って一冊買ってきた」

「本当にごめん。場所を変更しよう。駅ビルの一階エスカレーターの横で待っている」

「分かった。ここからすぐだから今行くね」


 ほんの少し目の前にいるのに、堂々と話せないなんてどうなっているんだ、と悲しい気持ちになりながらコウはエスカレーターの方に移動した。ふーっと深呼吸して周囲を見回した。誰もいない。ほっと一安心だ。

 俯き加減で待っていると、真由がそっと傍へ寄ってきた。憧れの人が向こうから来てくれるなんて、これは夢ではないかと思う。


「あの人たち、巻いて来たわ」

「見られなかった?」

「多分見られてない」


 これではまるで、探偵かスパイのようだ。二人でこそこそと、エスカレーターに乗り上の階へ行き、他のお客さんからは目につきにくい場所にある椅子を見つけて座った。ここまで来るのに冷や汗をかいていた。コウはほっとしていった。


「ここなら人目を気にせず座っていられそうだ」

「そうね。見つかりそうもない」

「座ろう」

「ああ、ホッとした」

「秘密のデートっていうのは、探偵のようだね」

「スリル満点! だけど大変ね」


 コウはニヤリと笑った。真由もようやく安心できたのか、鞄を置くとリラックスして座った。かばんには、いつものリスが揺れている。こいつと同じ立場に立った。いや、こいつ以上、俺は優位にいるんだと誇らしい気持ちになっていた。


――二人きりの初めてのデートだ。何を話そう……


 今までの、思いをぶつけたいが、全く言葉が見つからない。気の利いた会話ができない。


――ああ、情けない!


「コウ、これ食べる」


 真由がコンビニのビニール袋の中から取り出したのはフライドポテトだった。それをテーブルに置くと、パックのオレンジジュースを二つ取り出した。


「はい、これも買ってきた」

「ああ、ありがと。丁度喉が渇いてたんだ」


 コンビニの中で、時間を持て余して買ったのかもしれない。感激だ。それに食べ物があると会話は格段にしやすくなる。


――傍から見たら、俺たちはどう見えるだろうか。カップルに見えるんだろうか。学校一の美少女に対して、自分はしがない一般生徒だ。でもいい。


 コウは、椅子をぐっと真由の方へ近づけた。真由は嫌がらない。凄いことだ。


「この間は楽しかった」

「ああ、またどこかへ行きたいね」

「今度は二人だけで。いいかな?」

「いいわよ」

「映画を見たり、動物園や遊園地や、買い物に行くのもいいな」

「そんなにいっぺんにいろいろできないけど、どこかいいところがあったら、調べといて……」

「映画だったらどんなのが好き?」

「実写でもアニメでもいいけど、楽しくてちょっとミステリアスで、最後にどんでん返しがあるようなスリルのあるストーリーが好き」

「ふ~ん、じゃあ、調べてみる」

「そうね。あんまりいろんなところへ行くのも大変だから、家で映画を見るのもいいかもね」


 家で、という言葉が出て来た心臓がピンと跳ね上がり、鼓動が急に早まった。


「じゃあ、今度は家で映画を見よう」

「いいわよ」


――えっ、こんなにすんなりと返事がもらえるなんて……。


 ジュースのパックを持つコウの手は震え、次の展開を想像すると頬が紅潮してくるのがわかった。


「何赤くなってるの。へんな想像しないで!」


 ぴしゃりと真由に言われてしまったが、色々なことを想像して心ときめくコウだった。     

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