第12話 二度目の告白
みなとみらい駅で下車して、遠くからひときわ目を引いた観覧車コスモクロック21を見ると、さらに存在感があり、圧巻だった。
「あれに乗ったら、眺めがいいだろうねえ。敦也は乗ったことがある?」
真由が訊いた。
「ない。ここに来たのさえ初めてだから」
「みんなここに来るのは初めてだったんじゃない?」
「真由、乗ってみたい? 上まで行くとかなり高そうだけど、眺めがよさそう」
「そうだね、ちょっと怖いけど面白そう」
かなり乗り気なようだ。コウは、観覧車を見た時から、誰かが乗ろうと言い出さないか、ひやひやしていた。高いところが大の苦手で、観覧車の最上部は、周囲の高層ビルの最上階よりも上に見えている。これに乗るのだけはやめたい、と心から祈っていた。ところが、大好きな真由が興味津々で、しかも乗る気になってきた。
「真由は乗ってみたい? 結構上まで行くみたいだけど、大丈夫?」
真由のことを心配しているふりをして訊いてみる。
「ちゃんと固定されてるんだから大丈夫でしょ? それにスリルがあっていいんじゃない。せっかく来たんだから乗ってみたいなあ。ちょっとお金がかかっちゃうけど、後で節約すればいいよ」
敦也と、レイナは、考え込んでいる。
「乗ってみようか? ねえ!」
真由が三人の顔を交互に見て誘っている。
「コウは、当然乗るでしょ?」
最近、なんにでも挑戦するのが当たり前というイメージが定着してきたのが、恐ろしい。高いところが苦手だとは言いだせなくなってしまった。しかし、真由は乗りたがっているんだ。よし、と決心した。
「乗ってみよう、みんな!」
この場合のみんなとは、迷っている敦也と、レイナのことだ。
「分かったわ。コウも乗りたいみたいだし、乗ってみようか、敦也?」
レイナは敦也に訊いた。
「そんなに言うなら、俺も乗るか」
しぶしぶ頷いて見せるが、敦也の場合は怖いわけではないらしい。四人一緒に乗ることにして、並んだ。いよいよ乗る順番が回ってきた。真由が先に乗り、敦也に背中を押されて、コウが次に乗り込んだ。ところが乗ってくるはずの二人が、同じ観覧車に乗ってこない。何やっているんだあいつら。
「おい乗らないのか?」とコウが訊くと、
「俺たち同じグループじゃないんで」と係の人に言っている。
「はあ、どういうこと?」と答える俺を無視して知らん顔している。
係の人は、それでは行ってらっしゃい、と扉を閉め出発した。真由は、怪訝な顔をしている。
「どういうことよ、あの二人」
「二人で乗りたいんじゃないのか?」
「そうだったの。うーん、知らなかったけどそうなのね」
「次のに乗ってくるだろ?」
観覧車は、ぐんぐんと上昇している。始めは大きかった下界の景色が次第に遠ざかっている。恐怖感がコウの胸の中を支配している。
――こ・わ・い!
と口に出して言ってみたいが、言葉を飲み込む。できるだけ外を見ないように室内に目を向ける。真由は、全く違っている。
「外を見て、すごい! 遠くまで見える」
陸地の方に目を向けると、横浜の街並みや、はるかかなたには山々が見える。富士山も美しいシルエットを見せている。海側は、遠く大海原が見え、上から見る海も美しく輝いている。しかし、コウには景色を楽しむ余裕など到底ない。手には汗をかいていて、足はぶるぶる震えている。
「あのさ、コウ、あれ以来随分変わったよね」
あれとは、もちろん突然好きだと告白したことだろう。
「そうかな。自分では気がつかないけど。でも、色んな奴にからかわれちゃって、冷や汗をかくことも多い。今まで目立たなかった分」
「そうだね。私も今まであまり関心なかったから。あら、御免」
「自分を守るのに必死だったのかもしれない。何も行動を起こさなければ、傷つくこともないから」
要は、告白して振られてしまったら、以前より嫌われてしまい、口をきいてももらえなくなるだろうと臆病になっていただけなのだが。
「コウは、心のバリアを外したってわけね。私に気持ちを伝えるために」
こんな話をしている間にも観覧車はぐんぐん高度を上げていき、下界はさらに小さくなった。震えがさらに大きくなり、外を見ていられなくなり、じっと下を向いてしまった。その様子に気がついたのだろうか。
「コウ、ちょっとあんた、高所恐怖症なの?」
「ああ、怖くなってきちゃって……」
折角いいムードになってきたのに、なんてことだ。ばれてしまった。ちらりと真由の方を見るた。
「なんだ、無理して乗ってくれたんだ。ありがと」
そう言いながら、真由も外を見ないで、俺の方を見てくれている。
「まあ、そうだったんだ」
「心配しなくていいよ」
真由はそんな俺の手を、そっと握ってくれた。カッコつけなくてもよかったんだ。優しい多いやりが胸に沁みて、手の暖かさが伝わってくる。今なら本気で言えそうだ。
「ありがとう、真由の事大好きだ。付き合ってもらえると嬉しいな」
コウは恐怖心と戦いながら、勇気を振り絞って口にした。告白してから、ほんの少しの間が開いた。その間、コウも真由の手を握り返していた。そして、真由が一言いった。
「いいよ」
「え……」
――今なんて言った。本当なのか! 本当に、真由が言った言葉なのか!
嘘時じゃないんだよな。だったら……
――ウレシ――っ×3! いやいや10倍だな。
感激で涙が出そうだ。確かめてみようか。
「観覧車乗車記念に、てっぺんで写真を撮ろう」
コウは、スマホを出して、二人で写真を撮ろうとした。
「オッケー!」
コウは、この状況だけで大満足だ。降りてきたときには、恐怖と興奮でフラフラだった。敦也とレイナも楽しそうに降りてきた。
「楽しかったね、敦也」
レイナが言った。
「いい眺めだったな。お前らも楽しそうだったじゃないか」
敦也は、真由とコウが乗った観覧車を時々観察していた。四人は、夕暮れ時まで一緒に過ごし家路についた。コウにとっては、記念すべき日だった。真由と一緒に撮った写真は一生の宝物だ。
レイナと敦也が二人きりになり密談を交わしていた。
「真由は、マラソン大会が終わったあたりから、コウのことをだいぶ意識してたよね」
「ああ、真由も意地っ張りだから一度突っぱねたら、友達になろうなんて態度変えられないんだろうな」
「しょうがない二人ね。コウは、超が付くほど不器用。小学生並みに純情。いえいえ、今の小学生の方がませてるかも。真由も真由で天然だから、何も気がつかない」
「二人を友達にしてやろうって、大変なプロジェクトだったよ。でも俺たちも楽しかった。しかも、四人とも友達になれた。レイナのおかげだ」
「敦也こそ、友達思いだね。来たことあるなんて嘘言って、じつは横浜に下見に行ってきたんだもんね」
敦也がコウに言った占いだけは本当の事だったが。
日もとっぷりと暮れて、コスモクロック21はライトアップされ、虹色のライトで夜空を照らしていた。
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