第22話 メイド喫茶開店

 教室に戻った二人は、何事もなかったかのようにポスターを張り、教室のレイアウトを手伝った。ほとんどのクラスが下校時刻になっても準備が完了せず、結局暗くなるまで残って準備することになった。最後に看板を設置し、ようやく準備は終了となった。そのころには残っていたクラスメイト達も皆くたくたになっていた。完成した部屋の入り口には看板が置かれ、メイドの立ち姿が描かれている。廊下を歩く人の目を引くことだろう。


「じゃあ、また明日ね!」「朝、氷を買ってきてよ」「お疲れ様!」


 生徒たちが帰った教室は先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


「真由、お疲れ様! 疲れた~」

「コウこそ、慣れない仕事で毎日緊張の連続だったでしょ。今日は帰ってゆっくり休もう」

「ホント! やっと明日が本番だ。ふ~っ、やっと帰れる……」


 二人は教室の鍵を返し、家路を急いだ。



      ――  ☕  ――


 翌日は、二人とも一番乗りして教室へ入った。食材や紙コップ、電気ポットなどは前日までに運びこまれて、キッチン部分にセットされていたが、やはり気になって早く来てしまった。もう一度すべてのものが整っているかどうかをチェックした。

真由は、メイド姿の時の髪型のまま登校してきた。

 高い位置で二つに結わえ、さらりと下へ流したヘアスタイルだ。これだとうなじが見えて首筋がすっきりして見える。くっきりした目がさらに引き立つ。


「その髪型も似合う。いつもそれでもいいんじゃない?」

「これは、ちょっと制服には似合わない。今日だけ特別。文化祭の日は特別」


 この日だけはちょっとだけ普段と違うことをしてみたくなる。なんとなく気持ちがわかる。少しぐらい羽目を外してもいいかな、って気持ちにもなる。


 教室に一人また一人と生徒が入って来て、始業時間の少し前までにはほとんどの生徒がそろっていた。朝のホームルームが終わり、それぞれが配置について開店を待った。

 

 開店時刻となり、初めにキャラクターに扮した登場人物たちが教壇のステージに順番に登場してきた。明美の軽快な司会で、椅子に腰かけて座っているお客さんたちは、盛り上がっていた。


「そっくりーっ!」「かっこいい!」


 などの掛け声の合間に、上半身裸のキャラクターまで登場して、大爆笑に沸いていた。

 コウと真由は、教室の一番後ろの壁に寄りかかり成り行きを見守っていた。ショウは大喝采のうちに終わり、二人は明美の方へ駆け寄った。


「めっちゃ盛り上がったね! お疲れさん!」


 真由が飛び跳ねて、明美に抱き着いた。


「大成功! 良かったーっ!」


 周囲の生徒たちも拍手喝采だ。明美は一躍スターになったような気分で、ステージの上から手を振った。コウも拍手しながら言った。


「出演者のみんなもありがとう!」

「そうだよ、恥を忍んでこんな格好したんだから」とか「あたし似合ってたでしょ!」

 などといいながら、更衣室に戻っていった。


 それから喫茶店が開店し、シフト表に従ってメイド係とキッチンの係に分かれて接客が始まった。コウと真由は同じシフトに入っていた。そこは役得で二人で決めたのだ。

 客は入り口で食券を購入し、それをメイドに渡す。メイドはキッチンへ持って行き、出来上がると取りに来るという仕組みだ。

 

 真由と数人のメイドたちが持ってきた食券の順に、コウは沸かしておいたお湯でコーヒー、紅茶などを淹れて、カウンターに並べていった。お菓子は事前に袋詰めしておいたものを皿に置いた。カウンターからメイドたちが、注文を取ったお客のところにお盆に乗せて運んでいく。メイド喫茶の様なパフォーマンスなどは無かったが、彼女たちがメイド服を着ているだけで、かなりの男子や一般客が訪れていた。


 その中に、同じ学年でクラスの違う翔馬の姿があった。学年でも指折りのイケメンで、女子生徒たちのあこがれの的だと聞く。彼は、同学年の男子二人で着ていた。まだ決まった彼女がいないというのも、彼の人気の一つだった。その翔馬が真由にチケットを渡している。


「おお真由、俺の注文取って」

「かしこまりましたっ!」


 真由が素早くテーブルに駆け寄る。


「紅茶とお菓子ですね。少々お待ちください」


 真由は、コウのところに取りに行くと軽くウィンクした。


「ありがと」


 真由が翔馬のテーブルにティーカップとお菓子を運ぶと、翔馬が馴れ馴れしく話しかけてきた。


「真由よく似合うね、その服装。可愛いね」

「ありがとう」


 イケメンは、更に親しみを込めて話を続けた。


「シフトが開いたら、俺のクラスに遊びに来て。これ、食券はプレゼント。真由にあげようと思って買っておいた」

「あら、そんな悪いわ。ただでもらっちゃって」

「いいから、いいから。受け取って。それから一人で来て」


――何だ、あいつ。堂々と真由を誘っている。


 コウはじりじりとして翔馬を見た。


「困ったなあ」

「だって真由……付き合ってる奴いないんでしょ。構わないじゃない?」

「ああ、まあ、そうだけど……」

「じゃあ、後で。待ってるよ!」


――なんてこった! 公衆の面前で堂々とデートに誘うなんて! 許せない! 


 ああ、だけど俺たちが付き合っていることは秘密なんだった。


 それから翔馬はのんびりと紅茶を飲み、真由が接客していないときは、ずっと話しかけ独り占めしていた。真由は話しかけられたら、相手は客だから無視するわけにはいかない。翔馬はいい気になっている。


「ここのシフト何時まで?」

「ああ、一時間交代だから、後三十分ぐらいかな」

「だったら、その時来て! 着替えないでそのまま来ちゃっていいからさ」

「一時間交代だから、空き時間はきっかり一時間しかないのよ」

「じゃあ、その時間こっちに遊びに来ててよ」


――こんなことを聞いても黙っていなければならないのか! 辛い……


 真由は、ちらりとだけコウの方を見た。イケメンは真由の返事を待っている。


「じゃあ、せっかくもらったんだから、見に行くね。ありがと」


 そう言って、テーブルを離れた。コウは少しだけホッとした。しかし、自分と翔馬を比べたらあいつの方が、格段にルックスがいい。背も高いし、アイドルグループにいるようなしゃれた顔立ちだ。こちらへ注文しに来た時に囁いた。


「あいつの誘惑に負けないで……」

「大丈夫だって!」


 情けないお願いをしてしまった。コウは顔だけは涼し気にして直立不動の姿勢で立ち尽くしていた。心の中は嫉妬の炎が燃え盛っていたが……。

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