第5話 隣のクラスの美少女
翌日は何事もなく過ぎた。とコウは思った。クラスの皆は、何事もなかったかのように授業を受け、昼食を食べ、いつもと同じ静かな放課後がやってきた。
教室を出ると、すぐに隣のクラスのレイナが怪しげな視線を投げかけてきた。レイナは噂によると、母親がフランス人か、カナダ人らしい。コウは、その手の情報には疎いのではっきりしたことはわからないが、かなりの美少女だ。
「ちょっと、話があるんだ。一緒に帰らない?」
そこで断ることもできるし、すぐに断ってしまってもよかった。答えを探していた。というより迷っていた。
「まあまあ、駅まで一緒に行くだけよ。どうせ同じ方向だし、いいでしょ?」
レイナは、誘い方が上手だ。
「まあ、駅までなら帰り道だから、一緒に帰ってもいいけど」
そんな答えを予測していたのだろう。この答えでいいだろう。
「よし、決まり! 一緒に帰ろう」
押し切られてしまった。話って何だろう? あまり無理難題を押し付けれるのは困る。
「話って……」
「あのさ、私と付き合ってみない?」
「えーーーっ、俺と、俺なんかと?」
彼女のあまりの美しさに、つい自分を卑下するような言葉が出てしまった。
「で、でも俺には……」
「知ってるよ、好きな人がいるんでしょ?」
レイナは澄まして話を続ける。告白したことは隣のクラスにも伝わっているんだ。
「彼氏とか彼女とか、そういう特定の関係じゃなくていいよ。おしゃべりしたり、遊びに行ったりするの。気があったら、その時に付き合えばいいの」
「友達みたいなもんかなあ?」
「そうよ。あまり堅苦しく考えないで」
しかし、なぜ今このタイミングで自分に声を掛けてきたのだろう。彼女だったら、どんな魅力的な男子に声を掛けても、断られることはないだろうに。他のイケメンたちの方がお似合いだと思う。付き合ってくれと言われて、こんなことを聞き返して言いものだろうか。まあ聞いてみよう、念のため。
「どうして、俺と付き合ってみようと思ったの?」
無粋なことを聞いてしまった。好きだからなのではないか。いやいや違うかもしれない。しかし、よりによって自分を、なぜ。
「最近のコウって、後先考えずに、堂々と行動してる。私そこに結構グッときちゃった」
「俺って不器用なんだよな。だから、何事も慎重にやってきた。そうすれば自分が傷つくことはないから、自己防衛本能で必死に自分を守って生きてきたんだと思う」
「今まではそうかもしれない。本当はそうじゃないコウを、ちょっと見直したの」
困ったなあ。友達に唆されたからだなんて言えない。
「そんなもんなの?」
「まあ、固い話はこのぐらいにして、駅前のファストフード店でも行ってみない。コーラとポテトで友達になったお祝でもしようよ! ね! 行こう、行こう!」
強引だな、でもこんな友達だったらいてもいいかなと思う。
「じゃあ、ちょっと寄っていくよ」
気が付いた時には、二人で座って、ポテトフライをつまんでいた。本命の人がいるのにである。きっと、最近の目立ちすぎる自分に興味を持って、声を掛けてきたんだろう。そんなことはわかり切っているが、彼女と話していると、明るく心が軽くなっていくのがわかった。こんなことは、初めての経験だ。高校入学以来、女性と二人でファストフード店に入ったのも。コウは、敦也に電話でこの展開を報告した。しかし、姉にだけは聞かれたくない。
「驚かないで聞いてくれ。レイナに付き合ってくれって言われた。まあ付き合うって言っても、友達としてらしいけど」
「レイナから? それ、どういうことだ。お前、完全に自慢してるだろ。男子憧れの的、レイナさんから、なぜだ?」
「俺の事見直したらしいんだ。たぶん一途なところが。自慢したくて電話したわけじゃないんだ。深刻に考えないで、おしゃべりしたり、遊びに行ったりする友達になればいいって」
敦也は一呼吸おいて答えた。
「自分の気持ちに素直になればいいんじゃないか? あと、レイナは、おしゃべりしたり、遊びに行ったりする男子は何人もいるぞ。そんな男友達の一人としてって事かもしれない」
「そうだな。ありがと。自分の心に訊いてみる」
敦也、羨ましそうだった。レイナから付き合ってくれと言われて、断るやつはいないだろうな。
翌日も、レイナと帰った。彼女は自信に満ち溢れ、可憐な表情が魅力的な美少女だ。髪の毛も心持明るい茶色をしていて、それが肩のあたりでさらさら揺れている。
「あの、昨日の話なんだけど……」
レイナは、今にも泣きだしそうな気持を、笑顔で隠しているような表情をしていた。
「返事はいらないよ。友達でいいんだったら」
コウは、彼女の言葉を遮った。
「友達としてでも何でもいい。おしゃべりしたり、遊びに行ったりしたいなと思って。それが昨日の返事だ」
レイナの表情は、今度は嬉しい気持ちをぐっと抑えて、泣き笑いのような表情に変わった。こんな反応をするとは思わなかったので、少々焦った。
「あっそうだよね。これからよろしくね。時々一緒に帰ろう」
「俺、あんまりこういうの慣れてないから、よろしく」
「じゃまた、今日は大人の雰囲気で、コーヒーショップに寄って行こう。いいよね」
「まあ、コーヒーは嫌いでもない。本当は苦いからちょっと苦手で、ココアが好きなんだけど」
話は弾み、いつの間にかバス停に着いていた。丁度下校時刻で、そこには真由が立っていた。
――こ、これは、違うんだ!
真由は、ちらりと二人の方を見て、驚きの表情を見せた。俺の事軽い男だと思ってるだろうな。コウはバツが悪くなり、苦笑いしていた。レイナの方は、真由とは対照的に満面の笑みを浮かべていた。コウは、毎日窮地に立たされているような気がした。
家に帰ってから、敦也に電話で報告した。
「お前も、レイナの魅力には勝てないんだな」
「そうじゃない、断ったら俺は全校中の男子を敵に回すことになる。今以上に注目を浴びるだろう。レイナを振った男として。そんな勇気はない」
「なんだと? それで、友達になるなんて答えたのかあ。あとでもっと大変なことになるぞ」
コウは、レイナは友達、真由は本命と自分に言い聞かせていた。
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