第6話 図書室で美少女と勉強

 高校生活での、あまり有難くないビッグイベント定期試験が迫ってきた。ない方がいいが、これがないと淡々と一年が終わってしまう、スパイスでもあり必要悪のようなものだと思っていた。コウは、英語がどうもあまり得意ではない。レイナは母親が日常的に英語を使用してということで、かなり上手だ。コウが苦手で困っている事を話すと、放課後図書室へ行き教えてくれることになった。流石ネイティブスピーカーと暮らしているだけのことはある。


 図書室に入ると、奥の片隅に見覚えのある二人の姿があった。憧れの真由と、隣には敦也が座っていた。どういう成り行きで二人がいるのだ?

 コウが真っ先に気がつき、やはり入るのはやめよた方がいいのだろうかと思ったが、レイナは、お構いなしに入っていき、入り口付近の席に座った。


「入り口付近に座ろう。ほら、あっちの方には先客がいるしね」

「勉強するのは、ここじゃなくてもいいよ。また明日でもいいし」

「気にしないでいいと思うよ。私たち勉強しに来たんだし、向こうも勉強してるんだから」

「そうかな。ちょっと気になるけど」

「大丈夫だったら!」


 咎められてしまった。そうだ、勉強しに来たんだ。

 なぜあの二人が、と思いながら教科書の英文を読んでいるうちに、内容に集中し気が付いた時にはレイナとぴったりとくっついていた。

 十センチほど横に、レイナの顔があった。まつげが長く目を閉じるたびに、ひらひらと上下する。勿論つけまつげなどではない。正真正銘の本物だ。小声で読むのだが、発音はかなりいい。CDを聞いているのとほとんど変わらない。すごい家庭教師がついてくれた。発音だけではなく、説明もわかりやすくてきぱきとしてくれる。一冊の教科書を覗き込んでいるので、おのずと顔が接近してくる。瞳の美しさや、透明感のある丸い頬に、うっとりしてしまう。時折さらりと、こちらにライトブラウンの髪の毛がかかる。


「ねえ? わかった?」


 説明がわかりやすいのと、じっと聞き入っていたのでよくわかる。


「もうばっちり」


 しかし、こんな至近距離で話して、どうしたらいいかわからなかった。バスの座席以外に、女子とこんなに接近したのは初めてだ。


「よかった。また、一緒に勉強しよう。英語だったらいつでも聞いて!」

「ありがと。助かる」

「なかなか脈がいいよ。コウだったらすぐ英語が上達するよ」


 褒めてもらえて、気持ちも舞い上がってしまう。褒められるのに弱いんだよな。 後ろに真由がいるとわかっていても、くらくらしてきた。真由の事がずっと好きだったはずなのに、どうしちゃったんだ俺は。椅子を後ろに引くと、ガタンと音がした。

後ろの二人が顔を上げて同時にこちらを見た。もっぱら説明していたのは敦也の方だったようだ。レイナは、二人の方へ歩いていく。


「敦也君たちは、何を勉強してたの? ああ、数学ね」


 返事を待つまでもなく、教科書を覗き込み話しかけた。


「敦也君数学が得意だから、教えてもらってた。これで赤点だけは、回避できそう」


 真由が答えた。赤点の心配をしているなんて初耳だ。


「解き方がわからない問題があるから、ちょっと教えて言われて、帰りに訊かれたもんだから、ここで教えてあげることにした。教室は無駄に残っている連中がいるから」


 敦也が、コウに弁解するように言った。


「私たち、英語の勉強してた。コウが絶対英語の成績を上げたいって、頼まれちゃったの」

「レイナは、家では半分英語で話しているから、よくできるんだ。教え方も上手だから、よくわかった」


 コウは、誰でも知っているようなことを説明した。なんだか自分が一緒にいたい口実みたいに聞こえるな。


――しかし、敦也いつの間に真由に接近したんだ。気になる……


「俺たちほぼ終わったから、そろそろ帰ろうと思ってたんだ。一緒に帰ろうぜ。いいだろ?」


 敦也が訊いた。


「もちろんいいよ」


 コウが答えた。


「ちょっと待ってて。片付けるから」


 四人は図書館を後にし、帰りに駅前のファストフード店へ寄ることにした。しかしどうしてこういう展開になったんだろう。すべて自分が優柔不断だったせいだ。気まずい雰囲気だ。

 

 それぞれが好きなものを注文し、四人がけのテーブル席に座った。コウとレイナ、敦也と真由が隣同士すわり、コウの前には敦也がいた。真由は、コウから視線をそらそうとしたが、目の前にはレイナがいて、目のやり場に困っていた。やはり来るべきではなかったのか?


 レイナが口火を切った。


「私、コウと友達になれてよかったわ。最近有名人になったからってわけじゃなくて、本当にいい人」

「そうなんだ。いつもこいつ控えめだから、何考えてるかわからないように見えるけど。いいやつだよ」


 敦也が同意してくれた。矢張り持つべきものは友人だ。


「まあ、親切ではあるけどね」


 マラソン大会の時に肩を貸したからか、真由もそれには同意してくれた。好きか嫌いかは別問題なのだろう。話はそんな単純なことじゃない、と言いたいのだ。やはり、目の前にいる真由は、コウにとっては、入学した時から憧れていた、可愛いくて傍にいるだけで心が温まり、ドキドキしてくる唯一の人だ。レイナとは全く違う次元の人だ。

 その時のハンバーガーはどんな味がしていたのだろう。手を伸ばせばそこにいるのに、何もできないことがもどかしい。こんな気持ちでいる自分が、レイナと急接近するはずはない。ずっと友達でいよう、と思う。 

 試験の話や、当たり障りのない話で店を出た四人は、解散した。


 家に帰ってから、どうしても気になり敦也に電話した。


「ほんとだ。本当に、数学がわからないから教えてほしいって言われたんだ。図書館にお前たちが入ってくるとは予想外だった」

「予想外? 付き合ってるわけじゃないよな?」

「お前の気持ちを知ってて、そんなことするわけない。誤解するな!」

「いや、仲がよさそうに見えたんで、ちょっと気になっただけだ」

「お前さあ、ぼおーっとして見ているだけじゃ、中身はわからないままだぞ。ずっと好きだったんだろ? ちゃんといろいろ話してみたらどうなんだ? 勝手に嫉妬して見苦しいぞ!」 

「ああ、そうだな」


 返答の言葉がない。全く図星だ。外見のかわいらしさや、雰囲気に引かれて、ただじっと見続けた二年間。敦也はどうしようもない俺に活を入れたんだ。


 やっぱり俺は、隣のクラスの美少女といても、真由のことが一番好きなんだ。そんなことを思い知らされた一日だった。 

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