第7話 隣のクラスの美少女が家にやって来た

 ようやく週末が来て、のんびりと土曜日の朝の時間を満喫していた。休日は真由に会えないのだけが辛くて、寂しい……。姉は朝早くから部活で学校へ、両親も実家に用があるとかで、出かけてしまっていた。一人でのんびりと、トーストを焼いて食べているところだった。

 スマホに着信があった。急いで出ると、レイナの明るい声が耳に飛び込んできた。電話番号やアドレスなどの情報は、友達になった初日に交換し合っていた。


「コウ、もう起きてた? 暇だったらこれから遊びに行ってもいい?」


 コウは、どきりとした。


「家に? まあだめってわけじゃないけど。さっき起きたばかりで、まだしたくしてないし、部屋もちょっと散らかってるけど」

「都合が悪かったら、駅のそばでもいいけど」

「いや、大丈夫」


 家に来るなんて、こんな機会はめったにない。いや、初めてだ。是非来てもらおう。今日は誰もいないから、うってつけだ。


「急いで片付けるから大丈夫」

「散らかってても別に構わないわよ。もう少ししたら、そうねえ、一時間後ぐらいにそっちに行くから、出かけないで待っててよ!」

「じゃあ、家にいるから。また後で」


 かなり強引な誘いだったが、嫌ではなかった。こんなふうに誘ってくれないと、自分からはとても言い出せない。でも、住所を教えたばかりなのに、随分と気が早い。来るまでに時間があるから、その間にちょっと部屋をかたずけておこう。


 コウは、急いでパジャマを脱ぎ、ジーンズとグリーンのチェックのシャツに着替えた。大体いつものお決まりの服装だ。それから急いで部屋に掃除機をかけた。一週間分の埃を掃除する前だったので、ついでにやっておいた。ゴミ箱に入っていたスナック菓子などのゴミも捨てた。一時間というのは意外と短かった。


 掃除が終わり、テレビのリモコンを押した。朝のニュース番組などをやっていたが、ほとんど頭に入ってこない。これからどんな話をしたらよいのか、どのように部屋に通すのかシミュレーションをしていたら、時間は瞬く間に過ぎた。玄関のベルが鳴った。落ち着かなかったコウの気持ちはさらに高ぶっていく。

 ああ、待たせてはいけない。すぐに出ないと帰ってしまうのではないか、と心配になる。小走りに玄関に行きドアを開けた。


「ここ、すぐわかった?」

「スマホで調べればすぐわかるわよ、住所聞いてたから」

「そ、そうだよね。入って。今片付けたところ」


 ドアを開けて中に招き入れる。ダークブラウンのコートの下には、ベージュのミニスカートを履いていた。ミニスカートから、すらりと伸びた脚が見えて、魅力的だった。コウの心臓の鼓動は、電話をもらった時以上に早まった。肩まで垂らした髪の毛がさらりと肩にかかり、、コートとよく調和して美しい。リビングに通してから、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し、コップに注いだ。お湯を沸かしている余裕はなかった。


「冷たいお茶でいい?」

「何でもいいよ」


 暖かいものだと、これから沸かさなければならなかった。ひとまずほっとした。


「お家の方は?」


 休日だから、急に来ればいる確率は高い。


「今日は、たまたまみんないないんだ」

「あら、そうだったの?」


 意外そうな顔をした。それでも、困ってはいないようだ。


「ゆっくりくつろいで」


 コートをぬぐいでソファに二人で座っていると、長い脚が否が応でも視界の中に入ってくる。目のやり場に困ってしまうが、かといって反対方向を向くのも不自然だ。つくづくこういう状況に慣れていないんだなあ、と自分が情けなくなる。


「コウの部屋も見せて」


 ちょっと甘えた声で言われ、どぎまぎした。知り合ってそんなにすぐ部屋に入れていいのだろうか、とこちらが心配になる。何かされてもいいという意味だろうか、と勘繰ってしまう。


「散らかってるけど……」

「いいの、いいの。気にしないで」

「じゃあ、行ってみようか」


 平静を装って、部屋へ案内した。床に掃除機をかけておいてよかった。


「結構キレイにかたずいてるよ」


 レイナは、部屋を眺めていった。


「実は、今慌てて除した。家に遊びに来るって聞いて慌てちゃって。昨日はありがとう。英語が上手なんだね」

「お母さんが、カナダ人なんだ。だから英語は家で普通に話しているの。しかもフランス語も公用語だから、フランス語も少しならわかるよ」


 それで、誰かがフランス人か、カナダ人だって言ってたんだ。


「カナダから来たんだったよね」

「お父さんは日本人。仕事でカナダに行っている時に知り合って、日本に戻るときに一緒についてきて結婚したんだって」

「大変だったでしょ、お母さん」

「そうかなあ? まあ、日本の習慣や言葉に慣れるのは大変だったと思うけど、結構楽しんでたのかもしれない」

「外国へ行って暮らすなんて、俺には勇気がいるな。凄いよ」

「そうお、行ってみればすぐに慣れるんじゃない。知り合いもできるし」


 レイナはこんな考え方で生きているから、積極的にいろいろな人に声を掛けて、友達になることができるんだ。彼女の事が少しだけ分かった。


「レイナの考え方っていいね。勇気が出てくる」

「何とかなるって考えれば、意外と何とかなるもんだし、駄目だと思ってたら、うまくいきそうなことも、なかなかうまくいかなくなっちゃうよ」

「凄い、深いなあ」

「そんなに感心しなくていいって。コウが慎重すぎるだけよ」


 そういう考え方で生きて行けば、自分の世界ははるかに広がるだろうな。でも、怖いことも多いだろうが。


「きっかけはまあともかくとして、レイナと友達になれてよかった」

「そういってもらえると嬉しいな」


 レイナには、人を引き寄せる魅力があるんだろう。その後、自分の知らない友人たちの情報を聞いたり、音楽を聴いたりしながら、楽しく時間が過ぎて行った。コウが勝手に心配していたことは起きなかった。スナック菓子を食べ、喋り疲れてきた頃そろそろ帰る、とレイナが言った。


「いろいろありがとう」


 コウは、立ち上がって礼を言った。色々な意味が込められたお礼だった。


「今日は楽しかった」


 そう言うと、レイナはコウを、ハグしてきた。コウはそんな自然な行動にも焦ってしまい、じっと立ち尽くしてしまった。これって外国では、挨拶? ここは日本だけど。どちらに解釈したらいいんだ!?


「俺も楽しかった」


 そう言いながら、コウもレイナをハグしていた。日本流でも、外国流でも、もうどちらでもいいと思いながら。コウは、レイナの帰った部屋で、一人ぼうっと座っていた。そっと触れた彼女の頬と、鼻先に流れた髪の毛、抱きしめた時に漂ったほんのりと漂う優しい香り、何よりも体から伝わってきた暖かさに包まれていた。

 じゃあまた学校でね。という言葉でさらりと去っていった後姿と共に、コウの部屋の中には、今までと違う暖かな雰囲気が漂っていた。コウはレイナが去った部屋の中で、英語の教科書を開けレイナが教えてくれたことを思い出しながら、読み返していた。


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