第16話 憧れの美少女が家にやってくる

 極秘のデートと言うのは、何かと気を遣うものだ。人目を避けながら外で会うのが一苦労だ。そこで、コウの方から提案してみた。ちょっと早すぎるだろうか。帰りがけ、廊下に人がいないことを確認してから耳元でそっと囁いた。


「あのさ、真由。今度家へ遊びに来ない?」


 思い切って言った言葉だったが、速すぎたかもしれない。断わられることは覚悟の上だ。


「そうねえ。外は寒いし、家で会うのもいいかもね。休みの日に行くわ」


 コウは心の中でガッツポーズをとった。少しだけ笑顔を見せながら。


――この調子だ。


「今週の日曜日は、空いてる?」

「うん、いいよ。じゃあ、コウの家に行くね。何時ごろがいいかなあ」


 真由がいいという時間ならいつでもいい。


「十一時ごろはどうかな。ああ、ダメだったら、午後でもいいし」

要するにいつでもいいのだが。

「じゃあ、十一時ってことで……」

「待ってるね、住所は……」

「前に訊いたから、スマホで調べる」

「そうだ! 駅まで迎えに行くよ」

「あら、ありがと」

「じゃあ、駅の改札口で待ってる」


――週末のデートの約束を取り付けた。しかも家に来てくれるなんて!


 きっとコウはにやけていたのだろう。向こうの方から同学年の生徒が歩いて来たので、話をやめて帰宅した。その日はバスの中には誰も他の生徒が乗っていなかったので、前後の席に座った。小声で話をして別れたが、週末が楽しみだ。

                   

         ☂

 日曜日は、いつもより早く起きた。そわそわしてゆっくり寝ていられない。空を見るとあいにくの雨だった。灰色に霞んだ空からは、大粒の雨が落ちている。家を出て歩き始めたが、傘を差しても濡れないようにするには、できるだけ体を真ん中の位置に射さなければならない。真由を迎えに行き、電車が到着するのを待った。到着とともに、人が押し出されてくるが、その流れの中にひときわ可憐で愛らしい少女がいた。それこそが真由だった。多分他の人が見ても美しいと思うだろう。いつものように上の方の毛を後ろで留めてさらりと下へ流したヘアースタイルだ。すぐにコウを見つけて手を振った。小さなハンドバッグを肩から下げ、片手には花柄の傘を持っていた。


「あいにくの雨だったね。来てくれてありがと」

 コウは手招きした。


「迎えに来るのも、大変だったでしょ?」

「いや、べつに……」


 気になるわけがない。駅を出て歩道に出てみると、雨脚は一向に弱まる気配がない。傘を開くとざあざあと音を立てて勢いよく雨粒がぶつかる。悪かったな。何もこんな日に。延期すればよかったのだろうかと、申し訳ない気持ちになった。


「酷い天気だね。別の日にすればよかったかな?」

「別にいいよ。今日は暇だったし……」


 それにしても、真由の履いているフレアスカートはコートの外に出ている裾の部分が濡れてしまっている。横風のせいで髪の毛や肩にも水滴がかかる。


「ちょっと急ぎ足で行こう」

「その方がよさそうね!」


 二人は、幾分歩調を速めながら歩いた。歩道の下や側溝には水たまりができ、地下へ勢いよく吸い込まれていく。水たまりで水を跳ね上げ靴がびしょ濡れにならないよう注意しながら歩いた。フレアスカートは、水分を含んで足に張り付いてしまっている。


「わあ、濡れちゃったあ」

「びしょ濡れになっちゃったね。家に着いたらタオルで拭いて!」

「そうさせてもらう」


 こんな大雨の中を来てもらって、申し訳ない気持ちになった。十五分程歩き、家に到着した。そのころには体のかなりの部分が濡れていた。家に入ると居間に両親がそろって座っていた。姉は用があるとかで出かけている。真由は二人にぺこりと頭を下げ挨拶した。


「こんにちは」

「まあ、こんにちは。今日は雨の中大変だったでしょう?」


 母親が、驚いたように真由を見ている。女友達が家に来る事なんて初めてだ。父親もすました顔をしているが、どんな女の子が来たのだろうと、ちらちらと真由を見ている。嫌な反応だ。それ以上質問されたくないので、コウは二人に聞こえるようにいった。


「タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」

「うん」


 真由は、タオルを受け取ると玄関先で頭や肩、スカート、びしょ濡れになった足元までくまなく拭いた。


「ああ、さっぱりした。だいぶ濡れちゃった……タオルは……」

「そのままでいいよ。はい」


 コウはタオルを受け取り、洗濯機の中へ投げ込んだ。


――お風呂上がりのようで髪の毛から水がしたたっていて、艶っぽかったな。


 拭き終わると、コウは真由を自分の部屋へ案内した。六畳ほどの部屋にはベッドと机が配置されている。ソファなどの椅子はないので、コウが机の前の椅子に座ると、真由はベッドの上に座ることになる。自分が夜眠るベッドの上に真由が座っているなんて、想像するだけで興奮してしまうが、そんなことはおくびにも出せない。しかも風呂上がりのように髪の毛はしっとり濡れて、シャンプーの香りが漂ってくる。映画も好きだと言っていたが、見始めると二時間ほどが映画の世界に入り込み時間が過ぎてしまう。


「映画は今日はいいかな?」

「そうだね。また今度でいいわ」


 おお、また来てくれるのだ。座っている真由のスカートを見ると、先ほど拭いてはいたが、水分をすっかり吸い込んでしまいまだ湿っている。


「スカートまだ濡れてるね」

「ああ、すっかり水が沁み込んじゃったみたい」

「あのさ、もし嫌じゃなかったら、俺のスウェット履いてる? その間干しとけば乾くかもしれない」


 真由は少し迷っているようだ。実物を見れば決められるだろう。コウは引き出しを開けて綺麗に折りたたんであるグレーの綿生地のスウェットを、真由の前に差し出した。


「洗い立てだから、これを履いて」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「着替えは……」

「トイレで着替えてくるわ。ここで着替えられないでしょ」

「廊下の突き当りだから」

「じゃあちょっと待ってて」


 真由はスウェットパンツに履き替えて戻ってきた。


「どう?」

「ちょっと長いけど、似合ってる」

「スカート冷たくなっちゃったから有難いわ」「じゃあスカートはハンガーにかけて乾かしておこう」


 コウはフレアースカートのウェスト部分をハンガーにかけ部屋の隅に掛けた。自分の部屋に真由のスカートが下がって揺れている様は美しい。しかも自分のスウェットを真由が履いている。真由がまるでここで生活しているような錯覚におちいり、すっと隣に座った。そこへ、とんとんと扉をたたく音がして、パットに十センチほど飛びのいた。母親が、お茶とクッキーやせんべいなどのお菓子を入れた器を持って現れたのだ。今来なくてもいいのに! 偵察しに来たのか!


「ああ、どうも」


 コウは他人行儀にそれらが乗った盆を受け取った。母親は目ざとく真由の履いているスウェットに見をやった。


「あら、スカートが濡れちゃったのね」


 真由が、愛想よく答えた。


「ええ、土砂降りだったもので……すいません」

「こんな物しかなくて悪いわね。どうぞごゆっくり」


 といって、ドアを閉めて出て行った。また二人きりになった、という嬉しさが心から湧き上がってきて、真由の方へ体を寄せた。体が冷えていたので、エアコンをつけお茶をすすった。お茶は冷えた体に染み渡るようで有難かった。

 真由の湿った髪もエアコンから噴き出す暖かい風に当たり、次第に乾いて肩のあたりでさらさらと揺れている。コウはゴクリとつばを飲み込んだ。髪の毛に触れたくなり、そっと手を伸ばして前髪に触れた。その時、何と真由は嫌がるどころかにっこり微笑んだのだ。コウはたまらなくなって真由の体を引き寄せた。抵抗することはなく、体を寄せてきた。コウはぎゅっと抱きしめその頬にキスした。熱い気持ちが溢れ出し、体を離すことが出来なくなった。そのまま髪の毛を撫でながら、自分の胸に真由の顔を引き寄せた。真由は嫌がってはいなかった。それどころか、腕をコウの背中に回し、優しく撫でていた。気持ちはどんどん高ぶってきた。そのままじっと抱きしめてから、ゆっくりと腕をほどいて離した。そっと真由の唇に自分の唇を重ねた。ふんわりと優しい香りがした。

 その時、再びトントンと階段を誰かが昇ってくる音がした。姉の鼻歌が聞こえてきた。何だ! 外出していた姉が帰ってきたのだった。

 二人は静かに体を離し、コウははじめに座っていた机の前に体を移動させた。

雨は弱まる気配がなかった。真由は心配そうにいった。


「こんなに降ってると電車が止まってしまうかもしれない……」


 コウは心残りだったがきっぱりといった。


「早めに帰った方がよさそうだな。今日は来てくれてありがと」


 真由は、まだ定刻通り電車が動いているかどうかスマホでチェックした。


「まだ大丈夫そうだから」

「うん。早いうちに送って行く」

「なんだかあわただしかったけど」

「仕方ないよ」

「またゆっくり来て」

「そうさせてもらう」


 真由が家にいた時間は一時間ほどだったが、コウにとってはその時間は宝物のように貴重な時間だった。コウはそっと指先で自分の唇に触れた。唇までが優しさに包まれたようだった。

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