第26話 イケメンvs.コウ 

 ふわふわした心持のまま家へたどり着いたコウは、真由に電話した。


「真由う、今何してたの?」

「晩御飯食べて、お風呂入って……のんびり」

「今日は、楽しかった。また呼んで!」

「もちろん。兄貴や親がいる時にも来て!」

「うん」


――ああ、もう一度真由の声を聴いた。


 甘く優しい声を聴いて、今日はいい夢が見られそうだ。コウは、うっとりした気分でベッドに入り、あっという間に朝になった。


 登校すると、イケメンの翔馬がその日は朝から教室へ来ていた。クラスの生徒も数人がもう教室にいる。イケメンは周囲をはばからず真由に話しかけている。


「今日、一緒に帰ろう?」

「う~ん、今日はちょっと都合が悪いのよ」

「じゃあ、また駅まで一緒に帰る?」


 しつこく迫っている。コウはいらいらしてきた。昨日は真由とあんなに甘い時間を過ごしたので、無性に悔しくなってきた。


「あたし、好きな人がいるから!」

「ええ、嘘だろう? ああ、そうか。俺の事が好きなのか?」


 図々しいやつだ。お前の事を好きなわけがないだろう。


「違うのよ!」

「えっ、誰だよ?」

「あのね、コウが好きなの!」

「はあ、嘘だろ? 嘘って言えよ! 苦し紛れに名前を出しただけだろ!」


 嘘、嘘ってしつこいやつだな。


「ホントよ、コウと付き合ってるのっ! そういうことだから、あなたとは付き合えないの!」


――ああ、いってしまった。公衆の面前で。


――俺の事が好きだって! それを真由の口から聞けるなんて!


――奇跡だーっ!


「真由……真由……俺……」

「コウは黙ってて!」

「はいっ!」

「翔馬、そう言うことだから、御免!」

「なんだ、真由と付き合ってあげようと思ったのに、残念だったな」

イケメンは最後まで粋がっている。別の人に声かけてくれよ、翔馬。

「翔馬……あの、そう言うことで」


 コウは、また口をはさんだ。真由に叱られちゃうかもしれない。


「ふーん、いつから付き合ってたんだか?」


 真由が俺の前を遮った。俺は余計なことを言っちゃいけないんだ。


「少し前から付き合ってたんだけど、内緒にしてて……御免」


 今度は真由は申し訳なさそうに下を向いた。なんだか翔馬の気持ちをもてあそんでいたみたいで、悪いと思ったんだろう。

 今まで、俺のために付き合っていることを秘密にしていた真由。彼女にも相当なジレンマがあったはずだ。俺にもかなり責任がある。


 コウは、いたたまれない気持ちになった。自分が目立つのが嫌だったばっかりに、翔馬にも辛い思いをさせてしまった。俺のバカ!


 コウは下を向き唇を噛みしめていた。


「コウ、あんただけが悪いんじゃない。あたしのせいでもあるんだよ……」


 真由まで俯いて涙をこらえていた。


 俺たちは、みんなが来てから今度は学年の生徒全員の好奇の目に晒されなければならない。なぜあいつらは、俺たちを物珍しそうに見るんだ。真由が美しすぎるからか。


――俺がイケメンじゃないからか! 


――かっこよくないからか!


 コウは訳の分からない怒りが心の中にわいてくるのを感じていた。


 俺は一体何に対して怒っているのだろう。全く訳が分からなくなってきた。人の噂も七十五日。


――今日一日を耐え抜くぞ!


 翔馬はしぶしぶと教室を後にした。コウの事を感心したような、軽蔑したような複雑な顔で見ている。


「諦めたわけじゃないからな。お前には負けない!」


 と挑戦状をたたきつけて出て行った。


「ふーっ……」


 回りで見ていたクラスメイト達がひそひそ話をしている。しかもその内容が聞こえてくる。


「へえ、あの二人やっぱり付き合ってたんだ」

「知らん顔して、やるわね」

「よく今までばれなかったなあ」


 などというやつもいる。


――ああ、もう何とでも言ってくれ! 

 

 この分では今日中に全学年に知れ渡るだろう。


 その日の体育の授業は最悪だった。二クラスが種目別に分かれて授業を行うため、そこであっという間に隣のクラスに広まった。昼休みになるともっとひどいことに、食堂に全学年の生徒が集まってくる。そこで、コウの方を見ては、ひそひそと話をしている連中がいる。そういった類の世間話をするのが好きな連中が、率先して噂を広めている。また別の奴らは、こんなことを言ってくる。


「コウ、凄いな真由と付き合ってるんだって!」

「ま、まあ……」

「噂は本当だったんだな。頑張れよ!」

「ああ……」


 大して話をしたことがないやつまで声を掛けてくる。真由の注目度が高いせいだ。


「真由もお前のこと好きなの?」

「そう、だが……」

「へえ、あいつ持てそうだけどな……」

「まあ、そうだろうけど……」

――余計なお世話だ! 


――だからなんだ! 


 でも確かに、密かに付き合いたいと思っていた男子はいただろう。そいつらの羨望の的にもなっているのだろう。


「いいなあ。どこまで行ってるんだよ?」

「いや、別に。行ってないよ」

「本当かよ? うまくやってんだな」


――うるさいっ! 


 と心の中で悪態をつく。


 はあ、昼休みは乗り切った。後は放課後、速やかに帰ろう! そして今日のところはデートはやめておこう。


 すると真由がやってきていった。


「コウ、今日は一緒に帰ろう。もうばれちゃったし」

「ああ、そうだね。これからは、人の目を気にするのはやめよう。かと言ってあまり学校でイチャイチャするのもやめようね」

「分かってるって。帰りはさりげなく一緒に帰ろう」

「オーケー」


 そして、放課後がやってきた。ホームルーム終了と同時に、大勢の生徒が廊下に繰り出してくる。真由とコウは、その流れの中に入らないように、少しだけ教室で待つことにした。


 廊下を通る生徒は、教室の中を覗き込み、二人の姿をちらちらと見ている。今出て行ったら、あいつらの思うつぼだ。


「コウ、あまり意識しないで行こう」

「そうだった」


 ぎこちない態度を取らないようにしよう。いたって自然に……。


「さてそろそろ行こうか」

「そうね。もういいみたい」


 大方の生徒が、部活動へ行ったり帰宅した頃合いを見計らって教室を出ると、生徒の姿はほとんどなかった。


 コウは晴れ晴れした気持ちで真由の隣に並んで歩いた。


「なんだか今日は心が浮き浮きする」

「いつもより楽しい。一緒に帰れて良かった」


 コウは真由の方をちらちらと見ながら、風に揺れる髪や、リュックに着いたマスコットを見ていた。ずうっとこうやって見ていたっけ。見ているだけで楽しかった毎日。でも今の方がもっと楽しい。イケメンに奪われないように頑張らなければと、気を引き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る