第18話 文化祭の出し物
ホームルームが終わり誰もいなくなった放課後の教室。コウは真由が座っている机に、向かい合う位置に座っていた。真由にとっては実行委員の仕事はそれほど苦にはならないようだ。今まで、重要な仕事を任されてきたことが多く、彼女自身が目立つ存在でもある。真由がやるのは適任だともいえた。真由が立候補した時も、誰一人疑問も持たず、当たり前の様な空気だった。コウがそれに続けて手を挙手げると、へ~、なぜ~、という反応だった。目立つことは苦手なのだ、やりたがるはずがない、というキャラクターがクラスの中で出来上がっているからだろう。目の前にいる真由の姿は凛として美しい。惚れ惚れする。これからの事を考え臆病になっている自分とは対照的だ。コウは彼女に上目遣いでいった。
「うまくいかなかったな……」
「明美もやりたがっていたなんて、知らなかったね」
「委員会の中では楽だと思ったんだろう」
「彼女、意外と図書室にいるのが好きなんじゃないかな。当番の週は、昼休みずっといなきゅならないんだもん」
「そうかあ。俺は文化祭実行委員をやるのは初めてなんだ」
「私は、中学校時代からいろんな役をやってきたから、多分大丈夫だと思う」
「そうだね。これから、色々教えて」
「心配してるんだね……。ちゃんと指示が出るから心配ないって!」
「クラスの出し物を何にするかだよなあ」
「それも、みんなで決めることだから問題ないよ」
経験者がいてよかった。真由と一緒にいるためには、このハードルを飛び越えなければならないんだ。すると、真由が机の上に置いたコウの手を上からそっと握りしめた。
「二人でやれば、何とかなるって! 私に任せなさいっ! さて、今年はどんな企画がいいかなあ。クイズ、お化け屋敷、ゲーム、縁日、喫茶室?」
「毎年どこかのクラスがやってることだけど、みんな何がいいんだろう」
「意見を聞いて、みんながやりたいものでいいよ」
「そうだな」
どれをやるにしても、準備はそれなりに、というかかなり大変だ。始めは乗り気じゃなかった連中もやり始めると終われなくなり、結局前日は遅くまで残って準備することになる。覚悟を決めて、コウは真由の瞳を見つめ返していった。
「何にしろ、頑張ろう! 俺も頑張るから!」
翌週のホームルームの時間になった。コウと真由はクラスの出し物を決めるために、前に出ていた。真由が司会をやり、コウが黒板に記録していく。
「クラスの出し物、何がいいですか?」
シーンと皆黙り込んでいる。真由が全員を見回し、コウが直立不動で、生徒の方を向いていた。少し間があって、明美が手を挙げた。
「は―い。お化け屋敷がいいと思いま―す」
コウは、黒板に『お化け屋敷』と書いた。
「他には、何か意見はありませんか?」
再び沈黙が支配した。真由が生徒の方を向いて待っていると、決まり悪そうに机に突っ伏してしまったり、腕組みをして考えるふりをする生徒もいる。すると、一人の男子が手を挙げて答えた。
「メイド喫茶はどう? 女子がメイドの格好をするんだ」
コウは再び黒板に書いた。
「他にはありませんか?」
また、皆黙り込んでいる。理科教諭の岡本が言った。
「クイズ大会はどうだい。面白いぞ」
それには、ほとんど反応がない。知らん顔をしている。
「では、多数決で決めますけどいいですか?」
真由がいった。自分がいいと思う方に挙手する。多数決の結果、過半数が賛成し、メイド喫茶になった。その時、明美が言った。
「ただのメイド喫茶じゃ面白くないから、メイドの部分を迷路の迷と戸にしたらどうかな? 入り口を迷路みたいにするの!」
「どういうふうにするの?」
「入ってから半分は迷路にして、出て来られたら喫茶店に入れるの。どう?」
「準備が大変そうだけど……」
「そうかなあ、みんなはどう思う?」
敦也がいった。
「出来そうだったら、迷路も入れることにしたらどう? 全部今決めることはないと思うよ」
司会をしていた真由が皆に訊いた。
「じゃあ、準備をしながら考えることにする?」
すると、男子の数人が反応した。
「いいよ」「賛成」
こんな形で、クラスの出し物が決まった。コウは、クラスの企画書に、『メイド喫茶』と書いた。この日は放課後になっても、文化祭の出し物の話で盛り上がり数人が教室に残っていた。その一人明美が真由のそばへ寄ってきて、威勢のいい声でいった。
「メイド喫茶か。これから忙しくなりそうね」
「うん。テーブルの配置、部屋の飾り付け、メニュー、買い付けにローテーション、決めなきゃいけないことがたくさんあるね」
「でも、面白そう。あたしたちも手伝うからさ」
「頼りにしてる」
「買い出しだっていろいろあるじゃない。担任が岡本じゃあ、たしたちでどんどん考えてやらなきゃ」
コウはそんなものなのかなと思う。理科の中年の教師では、部屋のインテリアや、店内の配置などは疎いかもしれないが、明美はずけずけというもんだ。コウも同じ委員として一言いった。
「俺も、雑用なら何でもやるからいってよ」
明美が、ボリュームのある胸を逸らせていった。
「あら、コウは指令を飛ばす立場にあるんだから、雑用は他の男子に任せていいのよ。計画と指令が二人の仕事なんだから」
「じゃあ、そうさせてもらう」
心配しているほどの事はなさそうで、少しだけホッとした。これも真由の人望によるところが大きいのだろうなと、誇らしくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます