第19話 デートは堂々と教室で

 放課後二人で相談をしていても、誰も怪しむ生徒はいなくなり、コウは真由と過ごす時間が増え毎日が充実していた。二人は堂々と放課後残って他の生徒たちの意見を聞いたり、文化祭の相談をすることができた。真由はあからさまにうれしそうな顔はしなかったが、二人だけになった時には、親密なムードになった。堂々と残っていられるようになったことが最大のメリットだった。これなら実行委員をやるのも悪くない。動機は不純かもしれないが、一緒にいられる時間が増えたのだから。文化祭までの楽しみではあるが。

 廊下の窓から誰かがのぞかないか、びくびくしながら手に触れるのも楽しみの一つになった。スリルはあったが、触れた瞬間は幸せに包まれていた。本当に誰かが通った時はどきりとして心臓が飛び跳ねそうだった。後ろの扉に人影が見えて、手を慌てて離したりもした。


 バタンとドアが開き、白衣姿の担任岡本が入って来た。にこやかにこちらを見ている。


「文化祭の相談か? 精が出るなあ。あと一か月だが、よろしくな」


 今は十月だが、文化祭は十一月上旬に行われる。一か月ほどの準備期間があるが、週にすれば四週間、あっという間に当日が来てしまうことだろう。出し物を夏休み前から決めているクラスもあるぐらいだ。出だしは決して早いとは言えない。


「ドンドン準備しないと、やることがたくさんありすぎて……」


 真由が、困ったような顔をした。


「必要なものがあったら言ってくれ。生徒会予算だけじゃ足りないかもしれないからな」


足りなかったら何とかしてくれるのだろうか。コウが突っ込みを入れた。


「足りなかったら、先生のおごりで何とかなりますか?」

「う~ん、金額にもよるがちょっとぐらい立て替えてもいい。お前たちのためだ」


 真由が嬉しそうに叫んだ。


「わあ、先生頼りになるっ! その時はお願いしますう!」


 あまり無理をさせても悪いと思い、コウいった。


「利益が出たら、その中からお返しします!」

「そんな気を遣わなくてもいいぞ。そのために価格を上げるのもよくない」

「ありがとうございますっ!」

「じゃあ、お前たちで戸締りして帰れよ」


 岡本はそう言うとコウの方をしみじみと見た。


「しかし、最近のコウは変わったもんだなあ。以前は目立つことなんかやりたがらなかったのに、自分から率先して実行委員をやるなんて……」

「ほんと自分でも驚いてますっ」

「いいことだ。勇気を出してやろうと思ったんだからな。結果はどうあれ、その気持ちが大事だ」


 そんなことを言って岡本は教室を後にした。お世辞かもしれないが、悪い気はしない。しかも、真由の前なのでくすぐったい。コウはただ真由と一緒にいる時間が欲しくて立候補しただけだったのだから。再び二人きりになった教室でコウは真由にいった。


「大変なことになった。俺はこんな大役は初めてだ」

「まだ心配してるの? 私は慣れてるから任せといて」

「もちろんベストは尽くすし、出来ることはやる!」


 我ながら情けないが、経験者に頼るしかない。


「学校で一緒にいられる時間が増えてよかった」


 コウは本音を言った。


「そうね。これで堂々と買い出しに言ったり、残って話をしても怪しまれない」

「やっぱりみんなにばれちゃまずいのかな?」


 秘密の付き合いの大変さに、弱音を吐いてしまった。上目遣いに真由を見る。


「まだ、内緒にしといたほうがいいの。お互いのためにねっ」

「わかった。真由が言うならそれに従う」


 机の上に乗せた真由の指先にコウは自分の手を重ねた。暖かいぬくもりが伝わってきて、家に来た時のことがよみがえってきた。真由もコウの手を握り返した。お互いの瞳が絡み合い、秘密裏に心が通じ合う。いけない、いけない。これ以上接近すると、抑えられなくなってしまう。廊下には誰が潜んでいるかもしれないし、またドアが突然開いたら大ごとだ。

 コウは時計を見た。針は、いつの間にか五時を指していた。一時間以上残って相談をしていたことになる。


「そろそろ帰ろう」

「そうだね。行こう」


 二人は帰り支度をして教室を後にした。鍵を持って、コウだけが職員室の岡本のところへ行った。真由は、階段の手前で待っていた。すると、岡本は思い出したようにいった。


「コウ、お前いつかここで真由に告白したんだって? お前ら、仲いいんだろ?」

「えっ」


 コウは絶句した。あの時の事が担任に知られているなんて! どこから話が漏れたんだろう。まあ、目撃してたやつらも大勢いたから、どこかから聞きだしたのだろうが、このタイミングで言うなんて趣味が悪い。何て無粋な男なんだ! やめてほしい。


「ああ、でも俺たち付き合ってるわけじゃないんで。ただの友達です」

「そうなのか? まあ、別に追求したわけじゃないから、気を悪くしないでくれ」


 コウは憮然として踵を返して真由の待つ階段へ向かった。そんなことを言うなら、言わなければいいのに。でも、彼にも付き合っていないと宣言しておいた。

 

 階段で真由が俺の顔を見ていった。


「なんか言われたの、岡本に」

「ああ、俺たちの仲を疑っているみたいだ。付き合っているのかって」

「全く、どうでもいいこと言うのね。わざわざそんなこと訊く人がいる!」

「ないっていっておいた」

「私たちホントに大変よね」


 二人階段をとぼとぼと降りて行った。階段の踊り場には、誰もいなかった。上の階にも下の階にも。しめしめ。コウは、いきなり、真由の方を向き唇にキスをした。あまり素早かったので、動く間もないぐらいだった。ふんわりと柔らかく蕩けるような気持になった。そして、素早く、元の体勢に戻った。真由の頬は上気して、目は憂いを含んんでいる。


「あ……。こんなところで……。見つかったらまずいよ」

「御免。つい……」


 これも本音だった。だけど、やはり校内ではまずい。二人きりになったことで、気持ちが高揚していた。校内では知らん顔した方がいいと真由が言ったのは、このせいだったのかもしれない。人目もはばからず気持ちが溢れてしまうコウの事を気遣って提案したのだ。真由が囁いた。


「また家に遊びに行くよ」

「そうだね」


 そうだ、その方がいい。二人は、階段を下り外へ出た。まだ、部活動は終わっていなかったので、他の生徒の姿はなかった。秋の日の空は紅色に染まり、空に浮かぶ雲までが淡い赤に染まっていた。風は乾いていて肌の上をにサラサラと流れていく。紅色の空は、次第に青味がかった紫色に変わっていく。バス停に並んで立ち、人目のないのを見極めふたりはそっと指先を絡めた。こんなふうに一緒に同じ夕日を眺めていられるのもはなんと幸せなことなんだろう。ましてや秋の夕暮れ時、人恋しい気持ちになってくる。風が吹いてくると、真由のスカートのプリーツがゆらゆらと揺れた。肩にかかった髪の毛も同じように流れていく。この大切な時間がこれからも続くようにとコウは願わずにはいられなかった。そのためには困難なことがあっても乗り越えてみせると、指先のぬくもりを感じながら心に誓った。

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