第30話 イケメンには負けない!
新学期が始まると、担任の教師岡本が予想通りの言葉で生徒達を鼓舞した。
まだ四月にもなっていないのに、生徒たちに今年が最後の年だと言い放っている。
「いいか、今年が勝負の年だ! 進学するにしても就職するにしても!」
そんなことは誰でもわかっている。分かってはいるが、誰かの口から言われると急に現実味が出てくる。コウのクラスでは就職を希望する生徒は少ないが、かといって進学一色のムードでもない。何とかなるのではないかという甘いムードが漂い、あまりピリピリしていないのだ。定期的に外部模試などに参加し対外試合をして実力を競い合ってくる者もいれば、推薦制度を最大限活用しようと企んでいる輩もいる。
「……ということで、お前たち今年は勝負の年だ! 気を抜かないで一心不乱に取り組む様に。以上!」
年頭のあいさつをした担任の岡本の顔は、興奮で赤らんでいる。持論を述べた後で、気持ちが高ぶっているのだ。立場上発破を掛けなければならないのだろうが、年末までののんびりムードとは打って変わって皆唖然としている。
ついこの間の真由と過ごした甘い時間が、遠い出来事のように思えてくる。現実を突きつけられた生徒たちは、ホームルームが終わると学校案内などをめくりながら情報交換をしたり、先輩たちの動向を報告したりしている。冬休み中に模試を受けたり冬期講習へ行った生徒もいるようで、その話題に食いついている者もいる。放課後も残って将来の事を語り合って盛り上がっている生徒達もいた。
そんなところへ、イケメンの翔馬が真由のところを目指してやってきた。彼も久しぶりに真由に会いたかったのだろう。真由がコウと一緒にいるので、ちらちらと見ながら話しかけるタイミングを窺がっている。
真由が彼の存在に気付くと、軽く手を挙げて合図した。
「おう、久しぶり!。元気だった?」
「まあね。翔馬は?」
「冬休みは忙しかったけど、超元気だった。模試の結果が出たんだけど、聞きたい?」
話したいから来たのだろうが、もったいぶっている。結果が良かったので、自慢したくてしようがない様子だ。真由は目を輝かせていった。
「聞きたい! ねえ、ねえ、どうだったのよ。結果を教えて!」
するとやつは、嬉しそうに鞄の中から模試の結果を取り出して広げて見せた。
「まあ、国語はいまいちだったけどな。でも数学と理科はまあまあだった!」
真由はその結果をじっと見てから、目を丸くして驚きの声を上げた。
「すっ、すごい! これ超難関の模試でしょ。しかもこの順位と偏差値。信じられないいーっ!」
真由の反応を見た俺は、ものすごいジェラシーを感じた。彼女があんなに驚き感嘆するなんて、相当よかったに違いない。自慢するために真由に見せに来たイケメンに、強烈な嫉妬心を燃やしていた。
「おい、どうだったんだよ!」
コウは挑発的に翔馬の方へ近寄った。
「今回は結構よかったんだ」
――しゃあしゃあと自分でそんなことをぬかした。
「見せて」
コウは、そう言うと真由が持っていた模試の結果表を受け取った。それを見て唖然としたが、平静を装っていった。
「まあ、まあだな。よく頑張ったな」
かなり強がりを言っていた。この学校にこんな優秀な奴がいたのか、というほど凄い成績だったのだ。こいついつの間にこんなにできるようになったんだ!
「今までで一番よかったんで……」
――だから、自慢しに来たということか。
翔馬は照れたように、しかし誇らしそうにいった。コウは現状で満足し、真由の事だけで頭がいっぱいになっていたこと猛烈に反省した。
しかも、こいつはこんなに勉強が出来て、正々堂々と恋愛にもチャレンジしようとしている。
――最強じゃないか!
コウの心の中はぐつぐつと煮えたぎっていた。
真由はそんなコウの変化を見て取った。
「翔馬頑張ったんだね。私も見習って頑張らなきゃ。見せてくれてありがとう」
「困ったことがあったら、俺に聞いてよ。たまには、図書館で一緒に勉強しよう」
「ありがとう。分からなかったら質問するかも。その時はよろしくね」
真由は翔馬を褒め、自分も頑張ると言った。
コウも、何か言わなければとやっとの思いでいった。
「俺もお前に負けないように頑張る」
また強がりを言ってしまった。逆立ちしても取れないような成績だ。翔馬が帰って行った教室で、真由は再び感嘆の声を漏らした。
「翔馬があんなにできるなんて、人は見かけによらないもんね」
――彼は顔の偏差値だけではなく、頭の偏差値も高かったのか!
コウはめらめらと闘志を燃やしていた。冬休みのまったりした気分は、一日ですっかり吹き飛んでしまった。ああ、またあのイケメンと同じ学校で過ごすことになるのだ、と覚悟を決めた。
コウは真由にいった。
「よし、これからは俺も頑張る!」
――イケメンには負けない! 絶対真由を取られてなるものか!
「おっ、凄い決意。担任に言われたせい、それとも翔馬のせい?」
――そんなの当たり前だ。翔馬のせいだ。
「俺もやればできるところを見せる!」
「コウ、頑張るのはいいけどあまり無理をして体を壊さないでね。寝ないで勉強するとか、やりかねない」
「ちゃんと計画を立ててやることにする」
「でも、デートはもうしないとか言わないで」
「それも絶対ない。デートは……最優先だ」
「まあ、調子いいわね!」
最後の一言で、真由は大喜びだ。声のトーンが上がってしまっている。
「コウも急にやる気出て来たね」
嫉妬心に火がついたなんて、俺は何て動物的なんだろう。真由も実はそんな俺の事を知ってて鼓舞するために翔馬をほめちぎったんじゃないだろうか。ちらりと真由の本音を探ってみた。
「真由、イケメンで頭のいい翔馬に惚れちゃった? さっきは奴の事を褒めちぎっていたけど」
「イケメンは褒められるのに慣れてるから、おだてておいた方がいいのよ。コウの方がずっと素敵だよ」
――ヤッホー! その言葉だけで満足だ!
しかし油断は禁物だ。慢心してはいけない。コウは真由の言葉を心に刻みルンルンしながら帰宅した。
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