学校一の美少女と付き合う方法
東雲まいか
第1話 告白
――できるだけ目立たないよう、穏便に高校生活を送るようにしよう。
それがコウのモットーだった。そうすれば、悩むことも苦しむこともない。そう思っていた彼には、入学した時から好きになった女子がいた。名前は真由といった。
いつものバスに乗るところからコウの高校生活は始まる。厳密に言うと、バス停の前で好きな女子と一緒の列に並ぶところから始まる。そう、目的はただ一つ、同じクラスの真由の存在を確かめ、おなじバスで目的地まで揺れに任せて移動していくことだ。さりげなく近くの席に座ることもある。あくまでさりげなく……この間などは、リュックの横にぶら下がっている、マスコットのリスを触ることができた。
これではまるでストーカーではないか? とコウは思う。いや、決してそんなことはない、と自分で否定する。ストーカーと大きく違うことは、見ていることを絶対に気付かれず、たとえ目があったとしても全く見ていない素振りをする。完璧にできている、と自負している。
――来たーっ!
と心の中で満面の笑みを浮かべる。しかしあくまでも、クールな態度を装う。
――カワイイー!
っと、思わず心の中で叫んでしまう。いつも髪の毛を上の方だけをきつく束ね、下はさらりと流している。入学以来ずっと同じヘアスタイルで、変わったことがない。よほど気に入っているのだろう。見とれているコウも、もちろん気に入っている。
ソックスは短めなので、まっすぐ伸びた脚の露出部分はかなり多い。その足をリズミカルに動かし階段を昇っていく。もう夢のような気分になる。
――シアワセー、学校に来てよかったーっ!
まさか、当の本人はこんなことを考えてるやつが後ろにいるとは、つゆほどにも思っていないだろう。すたすたと階段を昇っていき、左右の動きに合わせスカートが程よく揺れている。
「あっ、まずい。真由がこっちを見た」
「コウ、なんか用? さっきからあたしの方見てた?」
真由は、振り向きざま、じとーっとこちらの目をのぞき込んでいる。その眼差しには嫌悪感さえ漂っている。
――そんな目で見ないでくれー!
コウはその場から逃げ出したくなる。
「気のせいだ。気のせい。自意識過剰じゃない?」
「あたしのこと尾行してたでしょ? まったくもう、離れてったら! 目障りだから、先に上に上がっちゃって!」
「同じルートで来てるだけだからな。勘違いだって」
「はいはい。そうですか!」
今日に限って、どうしてばれたんだろうか。もっと慎重にならなければ、とコウは思う。コウのモットーは、できるだけ目立たないで穏便に毎日を過ごすこと、だ。そうはいっても、もともと誰かに絡むのが好きな連中も中にはいる。そんな輩には、適度に距離を置きつつ、かわすようにする。
決して、リレーの選手などには選ばれないよう気を配っている。目立つこと、イコール人目にさらされることは、コウにとってはストレスなのだ。無難に生きていこう。そうすれば、過度の緊張にはさらされないはず。そう思って、様々な人間たちの集う学校という社会で生きていくすべを学んだのだ。
コウは、恥ずかしくなると顔が赤くなってしまうのだ。それだけではない。心臓の鼓動が早まり、息苦しくなる。小学生時代から何回か修羅場を潜り抜け、現在の行動パターンを学習してきた。そう簡単に崩してはならない。
教室へ入ると敦也がこちらを見ていた。彼はコウが真由に好意を持っていることを薄々感づいている。それを口に出して言うほど、無粋な男ではない。コウと、真由が入ってきた時の雰囲気がいつもと違うので、あれ、という表情をした。一時間目は体育の授業で、敦也は早々と着替えていた。半そでシャツにハーフパンツ姿で、椅子に座って寛いでいた。
「今日、来るの早くね?」
何かを察知したのか、ごくありふれた質問をしてきた。
「道が空いてたから、いつもよりちょっと早く着いた」
コウも、普通に答える。それを真由は不審げにみてから、体育着を持って教室を出て行った。おそらく女子更衣室に向かうのだろう。
「おい、なんか変な雰囲気だったな。何かあったのか、あいつと?」
「べ、別に何もないよ」
「でも、お前の事じろじろ見てたぞ」
「目が悪いんだろ」
「いなくなった。正直に言ってみろ」
敦也は、真由の後姿を見送ってから、話しかけてきた。
「後をつけてるのかって、真由に言われた」
「そうか。それであの反応か。お前もうあいつと知り合って二年目だよな」
「それがどうした」
「お前、何にもしないんだよな? それでいいの?」
「いいじゃないか。これが俺のモットーだ」
敦也は、何か真剣に思い悩む表情を見せ、おもむろに説明し始めた。
「ああ、そうそう。朝占い見てきてるんだけど。お前のも覚えておいた」
「ふーん、占いか。それで俺の運勢はどうだった」
「よく聞けよ、今日は一年のうちで最高にいい日なんだ。願い事がかなうかもしれない。しかし勇気を持って行動した場合、だそうだ」
「へえ、意味深だなあ。そんなもの信じられるのか?」
「信じるか信じないかはお前次第だ。まあ占いだからな」
「そうだな。じゃあ俺も着替えるから」
そんなやり取りがあり、体育の授業へ向かった。コウは体育の授業中、極力真由と視線を合わせないようにし、体を動かすことに集中した。体育は無事に終わり、快い疲れとともに教室へ戻った。しかしこの時、これから起こる出来事をコウは予想できただろうか?
その時は、思いがけずやってきた。昼休みの事だ。職員室に期限に間に合わなかったレポートを提出しに行かなければならず、昼食後レポートを手に急いだ。すぐ前に真由がいることには気が付かず、ぴったりくっついた格好になっていた。
「あのさ! またコウなの! どういうこと」
「何が?」
「何がって、私の後を付けてるでしょ! 止めてくれない!」
「着けてないよ。レポート提出急いでるもんで。ほら、これ」
コウの表情は、次第に卑屈になっていた。
「あたしに言いたいことがあるんだったらはっきり言って。そのほうがよっぽどすっきりする!」
言いたいこと? 言いたいことはずばり、一つだけだ。そのとき、なぜか朝敦也から聞いた占いの言葉がよみがえった。
そうだ、今日は人生最高の日、勝負するなら今日かもしれない。
「あ、あの。俺、お、れ…… 真由が好きなんだ、実は! そういうことなの」
「はあ? このタイミングで、何? レポート出しに行くんじゃないの? そう言ったのは、あんただよ! 変だよ」
やっぱりそうか。レポート出しに来たんじゃないか。気持ちは途端に萎え、後悔が胸の中にどす黒く広がっていった。
あいつのせいだ。敦也覚えてろよ、と意味のない怒りを敦也に向けた。
「何でもいいけど、あたし別に、コウのこと好きじゃないから!」
「ええっ、そんなあ。他に、好きな人がいるの?」
コウは、みじめな気持ちでに真由を見つめた。
「そんなの関係ないじゃない。あんたのことは好きじゃないってこと。しかも職員室の前で告白するなんて、ありえない! 可笑しい! からかうのもいい加減にしてっ!」
今まで、波風を立てないで過ごそうと思っていた高校生活はどうなるんだ! 廊下には、生徒たちがうろうろしている。そいつらが好奇心たっぷりの目つきで事の成り行きを見ている。もう、この話は全校中に広まってしまうだろう。
まったくどうしようもない告白だった。二年間温めていた思いは惨憺たるものになった。
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