第45話 悪魔の告白
俺はまだ十六年しか生きてないんだけど、人生っていうのはこんなに唐突な選択を迫られるものなんだろうか。しかも、誰にとってもかなり重要で、半端な覚悟でしちゃいけないような選択を。
夏風邪が長引いてしまうかと思ったが、予想よりも早く回復に向かい、ほんの数日で俺は学園に復帰した。夏休みロスに陥ってズル休みに走った、なんて思われてないか心配だったが、クラスの連中は意外と優しい。そして今日も昼休み開始の鐘が鳴る。
『やっほー! 秋次君。元気になった?』
同時にスマホが振動し、爽やかなメッセージが画面に表示される。学園の天使、海原春華からで間違いない。最近ではお昼頃にチャットがくることが当然のようになっている。っていうかむしろ、こないと妙に落ち着かなくなってしまうくらいだ。
『何とか学校には来れるようにはなったな。勉強は手につかないけど』
『秋次君は普段から勉強してないよね。フリーダムな感じ』
『フリーダムでもないぞ。やる気がないだけだ』
『でも筋トレは凄く頑張っているんでしょ? 何かやればいいのに』
『また野球の勧誘か?』
『ううん! 野球じゃなくてもいいよ。頑張ってる秋次君を応援したいって思っただけ。そういえばこれから、校庭の近くで女子キャッチボールするの。超珍しくない?』
女子達でキャッチボールっていうのは、あんまり聞いたことがない。恐らく言い出しっぺはこのチャット相手で間違いない。
『珍しいじゃん。友達を殺すなよ』
『殺さないよー。病院送りレベルで止めるから大丈夫』
『病院送りにするな! お前はマジで豪速球だからな。普通の女子はキャッチできないから、手加減忘れるなよ』
『つい手元が狂っちゃう』
『怖いな。キャッチボールしたくねえ』
『気づいたら教室にいる秋次君へ投げてるかも』
『大迷惑だな。二度と校庭使わせてもらえなくなるぞ』
『第六感でキャッチしてねっ』
『無理だ! マジで死ぬわ』
春華から、ピッチャーがボールを投げているスタンプが送られてきた時、近くに気配を感じた。すぐにスマホを机のしたに隠して顔を上げると、クラスメイトのイケメンが青い顔で立っている。
「天沢……お前もしかして目をつけられてるんじゃね?」
「ん? 誰に?」
こいつが俺の席にやってきたのは三回目くらいだな。マジで心配しているような顔になっている。大体予想がついてきた。
「生徒会長がお呼びだぞ。気をつけろよ」
やっぱりか。みんなは学園の悪魔のターゲットにされているとばかり考えているようだが、俺は特に気にせず席を立つ。何で呼びつけるのか知らないが、特に大したことはないだろうと、その時はたかをくくっていたのだ。
生徒会室に入るのも、もう慣れてきた感じがする。小さくノックを三回、「どうぞ」とデキる女感に溢れた声がして、静かに扉を開いた。
「生徒会長。こんにちは。今日はどういったご用件でしょうか」
いつも通りソファに座っている悪魔生徒会長、真栄城夏希はすました顔でこちらに視線を向けると、
「あなた達の部活動についての話と、もう一つ。座りなさい」
ちょっとふざけ半分に固い挨拶をしてみたが、完全にスルーされてしまったので、なんか悔しい気持ちになりつつソファに向かう俺だが、テーブルの上に置いてある紅茶に違和感を感じた。
「どうしたの? あなたの席はこちらよ」
普通対面に紅茶を置くはずだが、なぜか夏希は自分の隣に紅茶を置いている。しかも、見たこともないような高級そうなお菓子まで置いてあった。
「な、なんか変だな」
恐る恐る腰掛けると、彼女は何かを忘れていたかのようにスッと立ち上がり、ドアまで歩いていく。ガチャ……っと鍵が閉まる音がした。
「な、何で鍵を閉めるんだよ」
「え? 誰かに入ってきてほしくないからよ」
「意味が解らん」
「もう! 細かいことは気にしないの」
徐々に最近見せる色っぽい小悪魔に変わろうとしている感じがした。嫌な予感を感じたので、カーテンを閉めようとした彼女に声をかける。
「カーテンはそのままにしといてくれよ。逆に落ち着かなくなる」
「え……そ、そう」
不思議そうな顔をして軽やかにソファに腰を下ろした夏希は、さっきまでとは明らかに違う砕けた空気感になったものの、完全に普段と一緒というわけでもない。
「では早速本題に入りましょうか。部活の話」
「存続させるかどうかってこと?」
「そうよ。この一ヶ月あなた達の活動を見せてもらったわ。そして先程、麗音君からレポートも提出してもらったの。率直にいうと、疑いが完全に拭えたとは言い難いわ。まだまだ監察の余地ありね」
大体予想どおりのことを語り出していたが、何か妙だ。今日の悪魔は少し緊張しているような気がする。
「やっぱりその話だったか。でも別に、俺個人を呼び出してわざわざ伝えなくてもいいだろ」
「もう、なんだか冷たいわね。いいわ、じゃあ次の話……にしようかしら」
そう言いながら学園の悪魔は座り直す。もともと近かった距離が更に縮まり、お互いの肩が触れるくらいになり、俺は変にそわそわしてきた。一体何が始まるっていうんだ?
「あたしね、いろいろと誤解していたわ。あなた達のこと。そして特に、アキのこと」
明らかに彼女の様子がぎこちない。ワケもわからず俺もドキドキしてきて、とにかく次の言葉が紡がれるのを待つ。壁にかけられていた丸時計の針が進むのがやけに遅い気がした。
「あたしが思っているよりも、ずっとしっかりしていたというか。助けてくれたじゃない? 出会った時もそうだったし、夏休みでも。この前だって、誕生日を祝ってくれて本当に嬉しかったわ」
「別に、大したことはしてないって。だって、電柱の近くに人が座り込んでいたんだぞ。誕生日だって、俺のプレゼントは特に大したことなかったじゃん」
「ううん。それでも、凄く嬉しかったのよ。あなたが望むなら、あたしは何でもしてあげたいって思えるの」
何でもしてあげたい? 俺は自分の耳を疑った。こんなこと女子に言われたのは人生初であり、恐らくそんな言葉をもらえる日なんてこないとばかり思っていたのに。
そんな時だった。校庭の方からソフトボールが飛んできて、生徒会室近くのアスファルトをコロコロ転がってきた。俺は何気ないごく普通の光景に焦りを感じた。この後誰かがボールを取りに来ることは間違いないだろう。生徒会室で男とくっついている姿なんて見られてしまったら、夏希は本格的に疑われるかもしれない。
俺のせいで噂が悪化して、夏希が生徒会長を降ろされる可能性すらあると思った。ここを離れたほうがいい。咄嗟に立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ。残りの話はまた今度にしよう。俺ちょっと教室に、」
「待って! アキ」
夏希は全く予想していない行動に出た。知っていたらもっと早めに動けていたのだろうけど、きっと超能力者でも無理だ。彼女は立ち上がると、まるで当たり前のように俺に抱きついてきたんだ。
「ちょ、ちょおおお!? な、ななな」
「……よく聞きなさい」
彼女がどんな表情をしていたのかは解らない。耳元で小さく息を吸い込んだ後、こう言った。
「あたしは……アキ。あなたのことが好きよ。誰よりも」
俺と夏希は少ししか身長が変わらない。女子にしては背が高い彼女の声が響き、体感したことのない甘い刺激が脳内に染み渡っていく。柔らかな全身、薔薇の香り、切なさの混じる短い囁き。雑念ばかりの頭が真っ白になり、体が浮いているみたいにふわふわする。心臓は強く強く、急かすように叩いてくる。
嘘だろ。こんな美人に告白されちゃうなんて、もしかしてこれは夢か? いや、夢であるはずがない。俺は五感全てで夏希を感じている。間違いのない現実。ちっぽけな学園カースト底辺には、受け入れきれない事件。
だが、俺はその時窓の向こうから駆けてくる、見覚えのある姿に注意が移っていった。その眩しいほどのルックスを持った女子は、楽しげにボールを追いかけてきたところでこちらに気がついた。
笑顔が消えて、遠目から見ていても愕然としていることが解る。
「は、春華」
「……え?」
夏希が振り返った時、春華は一瞬だけ悲しげな顔になりその場から駆け出した。何が起こってしまったのかちゃんと理解できるまでに、俺は放課後まで時間が掛かってしまったのだ。
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