第38話 天使達との水遊び
いきなり変なことを言うようだが、俺はこの日を夢か何かだったのではないかと思うことがある。
学園の天使ことカーストトップの美少女、海原春華と一緒にプールで遊ぶなんて、想像さえしたことがなかったからだ。更には悪い噂に溢れているが、春華とは対極的な容姿端麗の生徒会長真栄城夏希もいて、友人である麗音も楽しく戯れている。
気のせいだろうか。なんか周囲の奴らが、みんな春華と夏希に視線を送っているようなのだが。当の本人達はプールで遊ぶことに夢中みたいで、全然気がついてないようだ。
「じゃあみんな。いっくよーっ」
流れるプールの中で海原が、真夏の太陽に負けないくらいハツラツとした笑顔でビーチボールを軽く放り投げ、勢いよくスマッシュすると、正面から待ち構えていた夏希の顔面に命中する。
「あう! こ、この! やったわね海原さん」
「え、えええ。私じゃなくて、麗音君に投げてよー」
悪魔は意外と鈍臭くて、天使の猛烈なサーブに反応もできなかったらしい。苛立って投げ返したはいいが、あっさりと受けられてしまい、今度は俺にボールがくる。以前キャッチボールをした時を思い出す、女子離れした豪速球。なんとか受けることに成功するが、ほとんど偶然上手くいった感じだ。ビーチボールってこんなスピード出るのかよ。
「は、はえー! 春華はビーチボールでも凄えな」
「あはは。さっすが秋次君! キャッチは得意中の得意だね! やっぱり野球適正ありそう」
「適正あってもやらないぞ。それ!」
続いて麗音にビーチボールを投げるが、イケメンは何と片手でキャッチしやがった。身体能力がずば抜けすぎててビビる。
「ふはは! 我の必殺サーブを喰らわせてやる。喰らえ真栄城おお」
割と近い距離にいたが、麗音は夏希に豪速球を放ち、案の定もう一度顔面で受けてしまう。やっベー、そろそろキレそう、とか思っていると、
「あんっ! こ、このぉ! 何すんのよちょっとは手加減しなさいよこのガサツ細マッチョ脳内すっからかん変態ロンげ、」
もうビーチボールそっちのけで麗音に掴みかかり始めた。こいつらはいつ見ても争いが絶えないから不思議だ。
「いててて! 何をするか。反則だぞ貴様ー」
「プールに反則なんかないわ! このまま沈めてやるんだから」
「おーい。程々にしておけよ」
「ねえねえみんな! 次はあれやらない?」
イケメンと悪魔の争いにもすっかり慣れたのか、あまり気にしてない様子の天使は、まるで空を指差しているようだった。細くて滑らかに見える指先の向こうには、このプール一のウォータースライダーがある。マジかよ……正直、ちょっと怖いんだけど。
「おおお! あれこそこの施設一の醍醐味であろう。皆の者、我に続け!」
「お前はどっかの将軍かよ!」
「きいいー! 勝手に仕切らないで」
ウォータースライダーを見る度に思う。何が楽しくてあんなクネクネした通路を滑っていくのだろうと、真剣に悩んだことがあるくらい理解不能なアトラクションだ。
そして今は入り口付近で順番待ちをしている。俺と春華、麗音と夏希という順番で並んでいた。イケメンは一番先に辿り着いたものの、どういうワケか俺と春華に前を譲ってきた。
「秋次君。どうしたの? さっきから超真剣な顔になってるよ。どこかのアスリートみたい」
「ん? いや……ちょっと緊張しててな。こんなすげえウォータスライダーなんて、やったことなかったんだ」
「えええ。初挑戦って感じなんだね! やったぁ」
「何で喜ぶんだよ。お前には特に意味ないだろ?」
「だってだって。初めての人のリアクションってすっごいんだよ! 私が後ろで見ててあげるね」
「そんなこと言ったって、一人ずつ滑るわけだから見れないだろ」
「ううん、違うよ。私と秋次君は一緒に滑るの。あれに乗って」
「ん、んん!?」
よく解らんが聞き捨てならない新情報だぞ。遠くに見えるウォータースライダーの開始地点を見ると、確かに二人で滑ってる。同じ浮き輪に乗ってるじゃん! 何でここに来るまで気がつかなかったんだ。
「ま、マジかよ! 一人で滑るんだと思ってた」
「あはは! しかもすっごい早いんだよ。秋次君ならミサイルになっちゃうかもね」
「物騒な例えするな。俺は爆発なんてしない」
「プールを突き抜けて、外まで飛んじゃうかも」
「勢いあり過ぎだろ。死人が出るわ」
「そのまま勢いよく飛び続けて、やがてはお星様になるの」
「何で急にメルヘン!?」
「ちょっと待ちなさい二人とも。もう! 邪魔よガハハ男、邪魔!」
「我の何が邪魔なのだ。この位置は譲らんぞ! 我は前のポジションがいいのだ」
俺達が二人でずっと喋っていたところに、少しだけ後ろから夏希の声が聞こえる。とはいえ、麗音が邪魔で前に出れないでいる様子だった。
「ねえ海原さん。あたしと麗音君じゃきっとバランスが悪くて上手く滑れないわ。ちょっと代わってくださらない」
「えー。やだよ。私秋次君と滑りたいっ」
「お願いよー。あたしじゃきっとこの男に殺されてしまうわ」
「失敬な奴め。我と二人で滑ることがどれだけ安全で楽しいか解らんのか?」
「解らないわ。きっと一生」
夏希は悔しそうにちょっと肩を怒らせていたが、麗音にブロックされている為大人しくしているしかなかったようだ。この時、俺は春華の言葉が妙に気になっていた。
「何でそんなに俺と滑りたいんだ?」
「……え」
聞かれたことが意外とばかりに、彼女から微笑が消える。
「んー。秘密」
「隠すようなことかー?」
一緒に浮き輪に乗るだけなのに、何を隠すことがあるのだろう。天使にしては歯切れが悪く、益々気になってくる。
「え。えーと。その」
耳をすませたいところではあったが、気がつけば一つ前の連中が滑り終えていた。
「あ、やべ! 俺たちの番だわ。行こうぜ」
「う、うんっ!」
俺は慣れない足つきで、二人が乗れるでっかい浮き輪に腰を下そうとしていた。そんな時、背後から爽やかな一陣の風みたいに、彼女は言う。
「秋次君。私ね……その。好きな少女漫画があるの」
「へ? いきなりどうした?」
何でこのタイミングでそんなこと言うんだ? 俺は首を捻り後ろを見ると、どう言うわけか彼女はそわそわして、まだ浮き輪に座ろうとしない。
「あ、あのね! その少女漫画にはね、おうじ……きゃっ!?」
「あ! ちょ、ちょちょちょ」
すっかり忘れていた。学園の天使は、とってもドジだったのだ。思い切り転びつつ浮き輪に飛び込むものだから、滅茶苦茶ヤバイ体勢で俺たちは滑り出してしまった。
「う、うおわあああ!」
「きゃああー!」
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