第37話 プールサイドの天使と悪魔

 夏といえば冷房のきいた部屋でネットを眺めることが日課だった俺は、海だプールだと騒ぐ人間の気が知れなかった。


 だってそうじゃん。あんなの暑苦しいだけだって。俺にしてみれば、今後も関わり合いのないことだとばかり思っていたのだが、人生って本当に不思議だらけだと思う。


 この地区内はおろか、全国でも有数とまで言われる巨大プール施設にやってきた俺達は、一旦更衣室前で解散をした。麗音が野獣のように勢いよくロッカールームで着替えを始めるものだから、ちょっと引きつつ俺も着替えを始める。


「む!? 秋次よ。なぜブーメランではないのだ?」


 俺が用意したのは至って普通。黒地に花柄が入ったサーフ型水着であり、とにかく無難な感じを選んだわけだ。そういう麗音だって白のサーフ型を履いているのだが。


「ブーメランなんて恥ずかしくて履けるかよ。俺には一生無理だ」


「きっと海原あたりはキャーキャー騒いだかもしれんぞ。ガッハッハ」


 考えただけで頭痛がする。思いっきりドン引きされる未来なんて誰も選択したくはない。気替えが終わった俺たちは、プールサイドで女子コンビがやってくるのを待つ。ウォータースライダーがいくつもあり、体育館くらいの面積がありそうなバカでかいプールや、子供用の小さなプールまでいくつも揃っている。


 そして俺たちの街にしては珍しく、わりかし混んでいるのだ。正直な話、ぼっちでコミュ障な人間には最も不適格な場所にしか見えない。麗音はバリバリ似合いそうな風貌をしているが、やっぱりイケメンは違うなと痛感する。


「秋次君。麗音君。お待たせー!」


 振り返った時、俺はまたしても息を呑んだ。もう今日何回目の衝撃なのか解らないが、ノックアウト必死の絶景と言っても過言じゃない。


 学園の天使は、その可憐なイメージどおり、透き通るような桜色のフリル付きビキニを纏っていた。声をかけてきた時は、まるで無邪気な子供のようなテンションだったが、振り向いた俺と目があった時、なんか一気に静かな感じになる。あれ。もしかしてこの水着でもドン引きされてしまったのか?


「へえー。あなた達、なかなかに素敵じゃないの。あたしの次に」


 憎まれ口と共に春華の隣を歩いてくるのは、学園の悪魔。天使とは対照的に鮮やかなブルーのビキニを身に纏って現れた。シンプルだが他の水着女子とは一線を画す破壊力だ。なんていうか、アイドルとファッションモデルが同時にやってきた感じがして、もう俺はコミュ障の本領を発揮して黙りこくってしまう。なんてことだ。


 しかしそんな俺に、そっと春華は近づいてくる。なんか夏希も妙に落ち着きなくこちらに視線を送ってくるので、どうしたのかと思っていると、


「す、凄い。秋次君……かっこいい」


「え、え!?」


 予想なんて全くできない言葉を呟いたプールサイドの天使は、ほんわかした顔のままこちらを見上げている。急激に緊張してきて、尚更言葉に詰まってしまう。


「ふ、ふんっ。まあ、鍛えているだけのことはあるわね。いいと思うわよ、あたしの次に」


「真栄城っ! 貴様はいつでも自分が一番なのだな。我はお前に負けてなどおらんぞ」


 麗音は仁王立ちで、得意のガッハッハという豪快な笑い声を響かせている。本当にブレないイケメンだ。しかし、このままボーッとしていると気まずくなりそうだし、何かを言わないと。


「いや、別に大したことねえよ。俺の水着なんて、バーゲンの安物だしさ」


 なんか的外れなことを口走っちまったが、天使はぶんぶん首を横に振った。


「ううん! すっごくカッコイイよ。私今日来て良かったっ」


 キラキラした笑顔で、すげえもったいない言葉を届けてくる春華に、またしてもドキッとしてしまう俺。


「お、お前のほうこそ、すげえ似合ってるぞ。その水着」


「……え」


 ふと真面目な顔になって両手を胸の辺りに置いた彼女を、もう俺は直視できない。


「か、か……かわ……」


 ダメだ。可愛いじゃんって言いたいのに。そんな時、しばらく麗音といがみ合っていた夏希がこちらに近づいてくるのが解った。


「何をプールに入る前からぼーっとしちゃってるのかしら? さあアキ。今日はあたしとたっぷり遊んでもらうわよ。覚悟なさい」


「何の覚悟だ、何の」


「貴様ら! 抜け駆けはずるいぞ。我も混ぜろ! ん? どうした海原」


 春華はさっきまで真面目な顔をして立ち尽くしていたが、今度はニコニコした顔のままで固まっているような感じになってる。ちょっと心配になってくるほどだったのだが。


「えへへ。似合ってるって言われた……」


「お、おいおい。そんなに嬉しかったのかよ」


 頬まで桜色になっている天使にドギマギしつつ、何とか普段どおりに喋ることはできた。しかし次の瞬間、またしても理性は吹き飛ぶ。


「さあアキ! 一緒にプールに入りましょう。このまま飛び込んじゃってもいいのよ」


「うおわ!? ちょ、ちょっと待てよ! ちょっと」


 青いビキニに身を包んだデビルが腕を絡めて引っ張ってくる。至近距離に露出した肌があるせいで、もう一気に脳内を悪魔色に染められてしまう。


「あ! 待ってよー。ずるいー」


「ふはは! さあお前ら。プールを存分に楽しむぞぉっ!」


「うふふふ! じゃあアキ、行くわよ!」


「行くって何処に……おわあ!?」


 背後から春華と麗音が追いかけてきたことは解ったが、その直後ははっきり説明できない。夏希が自分もろとも俺を巻き込み、プールに飛び込みやがったからだ。滅茶苦茶迷惑行為じゃんと思いつつ、正直言えば悪い気はしなかった。

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