第10話 天使はちょっと怒っている
あっという間に二連休は終わり、月曜日という忌々しい曜日とご対面することになってしまった。
今日もぼっちの日常は平凡そのものだったが、一つだけ変化がある。時折海原春華からラインがくるようになったことだ。昼休みに机の上でボーッとしていると、突然スマホが振動した。
しかし、どうしてこう俺に興味があるのだろうか。今日はゆるキャラのスタンプも同時に送ってきたので、ログインしないとチャット内容が解らない。とりあえず文面を確認してみた。
『天沢君お疲れ様! 今日はバイトに行くの? 部活に向かうの? それとも私?』
『最後の選択肢が意味わからん! 今日は部活だよ。お前もだろ? 何の用だ』
『ww 冗談だよ! うん、正解! 私も今日は部活だよ。用は特にありませんでした♪』
海原って実は凄く暇なのかな。でも、成績トップであり部活もこなし、何人かの友人とも遊んでいるって、半端じゃなく忙しい毎日な筈だ。もしかしたら常人よりずっと時間の作り方が上手いのかもしれない。
『ねえねえ、勉強は大丈夫なの?』
『大丈夫! ……だとおもう』
『あ! その反応はダメっぽい』
昼食のパンを食う手が止まりそうだ。全く気にしていることを無自覚に言ってくれるぜ。
『悪かったな! 期末テストまで後ちょっとだから、これでも急いでるんだ』
その後またチャットが送られてきたが、俺は気がつかないフリをした。というのも、なんだか近場の女子どもがこっちの様子をチラチラ見ている気がしたからだ。まさか液晶を覗きこんだりはしないだろうが、海原が俺とチャットしてるなんてことが知れたら、きっとあいつの迷惑になっちまう。
だから努めて校内では彼女との接触を避けるようにしていた。あの後科学の授業で校舎を移動する際、一度彼女とすれ違ったけど、気がつかないフリをしてそそくさと通り過ぎたりもした。
なんだかんだで授業は終了し、俺はいつも通り部活をしに図書室に入ると、普段寝てばかりの友人であり部長の麗音が、神妙な面持ちでテーブルに肘をつけて考え込んでいる。普段はもうちょっと明るい奴なんだが。
「あれ? 今日は珍しく起きてるじゃないか」
「……秋次か。当然だ。色々と問題が起きてしまっているからな」
暇つぶしに棚から適当な本を二、三冊持って隣に腰を下ろすと、麗音はまるでどっかの偉い司令官みたいに厳格な表情のままで固まっているから、ちょっと笑いそうになる。ちなみに、この学校が創立されて以来、稀代の変人であると言われてるくらい浮いている人物だ。
「どうしたんだよ。問題って何だ?」
「うむ……まあこんなことを話しても、お前には危機感が伝わらないかと思うのだが」
「勿体ぶるじゃん。言ってみろって」
「実はな。一週間程旅行に行くことになった」
「え!? マジで。何処に行くんだよ」
「詳しくは言えん。すまんがしばらく部活も休まなくてはならない」
さては学校を休んで海外旅行とかに行くつもりか。こいつめちゃくちゃ綺麗な幼馴染がいたし、きっと二人で行くつもりなのだろう。俺とは違い高スペックイケメンだから、やっぱり色々とスケールが違う。
「凄いじゃないか。まあ、言えないっていうならこれ以上聞かないけど、楽しんでこいよ」
「我は遊びに行くわけではないのだがな。高校はしばらく休むので、お前に部長代行をお願いしたいのだ。できるな?」
麗音は自分のことを『俺』でも『僕』でも『私』でもなく、『我』という。一体どういう育ちをしたのか知らないが、つくづく一緒にいて飽きない男ではある。こんな高校生他にはいないだろ、きっと。
「ま、まあ部長代行は別にいいけど。正直一年生の俺達が仕切るんじゃなくて、ここは三年生の誰かが、」
そんな時、扉からノックの音がして、静かにスライドされて誰かが入ってきた。
「あ、失礼します。すみません。ちょっと天沢君とお話があるんですけど、よろしいでしょうか」
学園の天使がまたしてもこの闇空間に降臨した。両手を胸のあたりに置いて、ちょっと部長を怖がっている様子だった。ほとんどの男子なら守りたいとか思っちゃう気がする。
麗音は特別動じる様子もなく、
「問題ない。何処へなりとも連れていくがいい」
「ど、どうもですっ。ちょっと天沢君。いい?」
外で話したいらしい。麗音がいるかいないかの違いだけで、別に中で話しても問題ないと思われるのだが、しぶしぶ俺は従うことにした。廊下に出るなり、いつもは朗らかな海原の表情が、ちょっとむすっとしていることに気づいた。何か怒らせるようなことをしただろうか。
「どうしたんだよ。部活は?」
「今日は練習早く終わっちゃったの。なんかね、どうしてもみんなやる気が出ないみたい。最近いつも早く終わっちゃう」
しゅんとした顔になる海原。野球部のモチベーションが下がっていることが心配でならないらしいが、すぐにムスッとした顔に戻りこっちを見上げてくる。
「それよりも、天沢君。ちょっと酷くない?」
「え、何がだよ」
「もーう! 考えてみて。今日のこと」
なんか怒ってる顔まで可愛いなとか思いつつ、ちょっぴり恐縮しながら腕を組んで考えること数秒、ようやく俺の頭には正解と思われる答えが浮かんだ。
「途中でチャットをやめちゃったことか?」
「ブッブー。不正解です。座布団全部持っていきます」
「ここは笑点かよ!」
「チャットは忙しかったり気づかなかったりするから仕方ないよ。でも私が嫌だったのは別です。『あ』から始まるものです。何でしょうか?」
まだクイズは続くらしい。勘弁してくれよもう。『あ』から始まるものって何だ。しかし深く考えるまでもなく答えは出た。
「わかった! 相槌だ。俺とお前の会話に相槌が足りなかったっていう話か」
「ほえ? 別に足りなくないと思うよっ」
「違うか……うーん」
「もう! 答えは挨拶です! 天沢君、少し前に廊下ですれ違った時、挨拶返してくれなかったでしょ?」
そうか……ようやく思い出した。
「いや……あれはさ。なんていうか、俺と挨拶してるとこ見られたら、海原に変な噂が立ったりとかしないかなって思って、ちょっと返すのをやめたんだ」
「もう! どうして挨拶くらいで変な噂が立っちゃうの? 私取り残された子羊みたいになってたよ」
「なんか微妙な表現だな」
「とにかく、これからはちゃんと挨拶をしっかり返してよ。ね!」
ここまで念を押されてしまっては、うなづく他ないだろう。海原は自分が学校内で一番注目されているっていう事実に気がついてないのだろうか。
「解った、解ったよ。ちゃんと挨拶する」
俺が降参のポーズをすると、ようやくいつもの純度百パーセントの優しさでできているような笑顔が顔を出した。
「うんっ。じゃあ天沢君。一緒に帰ろっか」
「おいおい! もうやめとけって。俺なんかと一緒に帰るのはさ」
「えー、どうして? 天沢君の考えがよくわかんない」
「とにかく部活がこの後もあるから、一緒には帰れないんだ」
「……そっか。部活だったら仕方ないよね。むう。じゃあ天沢君。せめてラインのほうはOKしてよね! またね」
「お、おう。またな」
ちょっとだけ泣きそうな顔になっている海原が踵を返して去っていく。罪悪感に駆られつつも、そういえばラインのほうって何だっけと思い、今更ながらにスマホを確認する。
「え……」
思わず声が出ちまった。あのお昼休みの後、こんなチャットが送信されていたなんて。
『ねー天沢君。期末テストまで、放課後一緒に勉強会しない?』
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