第11話 天使はお節介で教え上手
期末テストまではもう残すところ数日であり、本来ならもっと早めに勉強に熱を入れておくべきなのは確かだった。だが、俺って奴はいい加減極まりない上に怠け者だったから無理だったわけで。
だから、海原が放課後一緒に勉強をしようという誘いは、天の助けなのかもしれなかったが、ちょっとばかり気が進まないことも確かだった。
でも俺と彼女のスケジュールはなかなか合わない。実際のところ海原は忙しい毎日だし、大体の場合こっちもバイトが入っていたりするからだ。
今日も俺はバイトであり、いつも通りの時間にカフェまでやって来た。テストという悩みで頭をいっぱいにしつつ扉を開ける。今の時間ならまだ客もほとんどいないだろう。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
「ああ……はい。お一人様っていうか、ここで働いているんですけど」
「ではカウンターまでどうぞ」
「はいはい……っておい!」
いかにも店員っぽい感じで側に駆け寄ってきたアイドル超えのルックス。見覚えしかないセーラー服を着た美少女が立っていた。
「えへへ。今日は初めて会うね! 天沢君」
「何だよー。お前部活はどうした?」
「んー。部活はね、ちょっと休んだ。勉強に専念しますっていう理由で」
マスターはいつも通りのんびりした顔でコーヒー豆を粉砕してる。俺がカウンター奥までいき、エプロンを着て戻った時には、天使は以前と同じ窓際席に座っていた。教科書を見つめる表情は凛としていて、普段とは違う雰囲気を纏っている。
そして本物の店員である俺が注文を承りに行くわけだが、
「ご注文は何になさいますか?」
「えーと、紅茶とティラミス下さい」
「はい。少々お待ちくださ、」
「あ、ちょっと待って!」
「ぐえ!」
急にワイシャツを引っ張られて首筋が閉まる。天使は不意打ちの名手でもあり、被害を受けたのは今回が初めてじゃない。
「実はさっきマスターさんとお話ししてたの。天沢君がテスト間際なんだけど、もうちょっと勉強できるように調整できませんかって話したら、ここで勉強したらって言ってくれたよっ」
何という常識外れの展開なんだ。海原はマスターにそんなことを喋っていたのかよ。
「え!? お、おいおい。できるわけないだろー。店員としての業務があるんだから」
「別に勉強してもいいよ。秋次君」
突然マスターが会話に参加してくる。これには俺もビックリだ。
「いくら何でもそれはまずいですよ。時給貰ってるんですから」
「ははは! 確かにそうだが、今はとっても暇でねえ。正直言えば僕一人で充分なんだよ。それにさっき海原さんに話を聞いていたら、君はかなり成績がまずいことになってるらしいよね。今後忙しくなった時に仕事は頑張ってもらうから、今日くらいはいいよ。それとシフトのスケジュールも調整することにした」
「ま、マジっすか……」
「決まりだね! じゃあ天沢君。ここ座って」
そしてまた向かい側の席を指定してくる海原に、俺はもう何と返答していいか解らない。ありがた迷惑というか、超がつくほどのお節介というか。しょうがなく俺は鞄から勉強グッズを取り出して彼女の向かい側に腰掛ける。
「どうしてこうなっちゃうかな」
「もしかして嫌だった?」
「別に嫌ではないけど」
正面にいる学園の天使は、返答を聞いてから少しだけ微笑みを浮かべた。基本的に姿勢が良いのだが、座高は俺のほうがけっこう高い。持って生まれたルックスの違いを感じるね。夕陽に頬を照らされ、まるで絵画の一つかと思えるほどの眺めとなり、思わず俺は目を逸らしてしまう。急にドキドキしてきちまった。
「じゃあ、まずは歴史にしよっか。私がいい覚え方を教えてあげる」
「ああ、歴史ってけっこう苦手なんだよな。俺記憶力あんま良くないから。中学校の頃だってけっこう忘れてるし」
「ええ!? まだちょっとしか時が流れてないよね。天沢君って凄く記憶力いいのかなって思ってた」
「そんなことはない。まあ、忘れてるというより、思い出したくないのかもな」
「中学校時代に、嫌なことでもあったの?」
「いや、特に何もないからだ」
「え。遊んだりとか、いろいろあったんじゃないの?」
「いいや、なーんもない」
「友達はいたんでしょ?」
「いねえよ」
「ええ! すっごい意外! 寂しくなかったの?」
「別に」
「好きな人はいなかったの?」
「ま、まあいたかな」
「え。も、もしかして……付き合ったりとかした?」
「付き合ったりとかは……って、何を聞いてるんだよ」
「あはは! それは、その。天沢君の歴史も勉強しなくちゃと思って」
「俺の歴史を勉強してどうする! テストに出ないだろ」
「そ、そうだね。じゃあ始めよっ」
突っ込んだ後に気がついたんだが、この時だけは海原の手が止まっていた。しかも見間違いじゃないと思うんだが、ちょっと頬の辺りが桜色になっていたような気がした。
この後他教科に関しても、学園一の優等生による授業を受けたことができた。俺でもかなり理解できるようになったのは、正直彼女の教え方が抜群に上手いせいだと思う。気がつけばもう夜になっていたが、この数時間はあっという間だった。
「オッケー! 今日みたいな感じで覚えていけば、きっと良い点が取れるよ!」
万年の笑みで軽快に椅子から立ち上がる海原とは逆に、ヘロヘロになってテーブルに崩れ落ちている俺。
「うへえええ。知恵熱が出そうだあ」
「もー。天沢君ってば、このくらいでへばっていたら明日から持たないよ」
「え? ちょ、ちょっと待て。明日もやる気か? 俺は部活が……」
「うん! 部活が終わったらしよ!」
「死ぬ! 絶対死ぬ!」
正気かよ。俺は絶望を感じつつも、なんだかんだで海原のペースに引き込まれてしまうのだった。だが、後日行われた期末テストは中間テストとは比較にならないくらいよくできていたと思う。理解できる問題、もう覚えている問題が沢山出てきたからだ。
期末テストを終えた夜、海原はまたいつものようにチャットを送信してきた。一応ちゃんとお礼を伝えたところ、またしても気になる返信が返ってきたのだ。
『えへへ! いいよー、お礼なんて。じゃあさ、ちょっとだけ私のお願い聞いてくれる?』
一体何だよ、お願いって。
まあ、俺がドギマギするような展開になることだけは確かだ。
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