第9話 天使はやっぱり頭が良い
ハンバーガー店の二階から見える景色はなかなかにいい。この辺りでは都会の部類に入るだろうレンガ通りが見渡せる上に、行き交う人々もそれなりに多いからだ。
しかし、今俺には外の景色もカウンターテーブルの上に広げられた数学の問題集も全く意識の外である。なぜなら隣に海原春華がいて、サクッと購入してきたポテトを食べながらこっちに微笑を向けているからだった。
「こうやって会うのって初めてだよね。天沢君って、いつもお外でお勉強してるの?」
「いいや。勉強自体ほとんどしないからな。たまにしかやらない」
赤いジャージの上下でちょこんと座っている姿で茶髪のロングと聞くと、何となくガラが悪いんじゃないかという印象を持ってしまいがちだが、彼女は全くそんなことはないばかりか真逆の印象だ。制服であれジャージであれ、何か別格ものの上品さを感じさせる。
「うーん。なかなか天沢君のプライベートが見えてこないなー。やっぱりミステリー」
「謎解き要素なんて何もないぞ俺は。蓋を開けて見たら至って普通の男だ」
「でもきっと人には言えない何かがあるでしょ。私の第六感が怪しいって伝えてくるんだよね。天沢君が真犯人だって!」
「いつから事件になった! 俺は無実だ」
「あはは! あ、ちょっとごめんね」
何かに気がついた海原が、スポーツバッグからスマホを取り出して席を離れる。どうやら友達から電話でもかかってきたらしく、通話スペースで楽しげに何かを話していた。こうやっていつも誰かから連絡が来るあたり、俺とは違うんだよなあ。存在すら認知されない場合のほうが多かったし、やっぱり心のどっかではもっと人と接したいと思っているのかもしれない。
……もしかして彼氏か? 遠目に見てる限り、かなり親しげに話している感じだし。学園でも知らない奴がいないほどの美少女だったら、既に彼氏を作っていても不思議じゃない。いや、普通に考えればいるはずだ。周りが放っておかないと思うし。
時間にして二分くらいだったろうか。海原は爽やかな雰囲気を纏いつつ隣に戻ってきた。さっきよりも落ち着かない気分になってきた。電話の相手が気になって仕方がないのだ。
「ごめーん。長く喋っちゃった」
「楽しそうだったな。……も、もしかして彼氏か?」
言ってしまった。隣にいる学園の人気者があまりにも気さくなオーラを出しているせいか、失礼とも思えるどストレートな質問がつい出てしまう。海原は一瞬ボケーっとした二刀身キャラみたいな表情になったが、またいつものふんわりとした笑顔を浮かべ、
「違うよー。彼氏いないもん。美姫からだよっ」
名前を聞いた時、すぐに顔が浮かんだ。よく海原と一緒に歩いていた女の子だ。きっと親友なのだろう。だいぶ無礼な質問だったと思うが、やっぱり天使は人一倍おおらかなのかもしれない。
そうか、海原は彼氏がいなかったのか。何で俺は人の色恋の情報を聞いてほっとしているんだろうと疑問だったが、次の一言で消し飛んだ。
「今から遊ぼうって誘われたの。でも断っちゃった」
「え? 何でだよ。遊びに行けばいいじゃないか」
「だって、今は天沢君と一緒にいるじゃん」
「いや、まあ……先に会っているのは俺だけど……」
そういうものだろうか。まさか親友との誘いより俺と一緒にポテトを食べるのを優先するなんて。確かに先に入った予定としては俺のほうだけど、彼女は思った以上に義理堅い性格みたいだ。
「どう? 問題解けてる?」
「解けてないな。想像を超えた難問ばかりだ。このままじゃ期末テストも危ういかもしれない」
「えー。ちょっと見せて!」
彼女は眉をひそめつつ、俺の持ってきた問題用紙を覗き込んでくる。パーソナルスペースが狭まり、落ち着きのなさに拍車がかかっていると、天使はきょとんとした顔でこっちを見上げてきた。
「そんなに難問でもないんじゃない? すぐ解けると思うよ」
「え? 嘘だろ。俺全然解んねえけど。な、なあ。もう答え解るのか?」
「うん! じゃあちょっと書いてあげよっか。シャープペン貸してっ」
そんなズルしちゃっていいのだろうか。と思う間もなく、サラサラーっと流れるように海原は答案用紙に式と答えを書き始める。本当に問題を読んでいるのか疑ってしまうほどの、想像を絶するスピードに驚愕してしまった。
あまりにも親しみやすくて天然っぽいから忘れていたが、流石は学園一の天使と噂されるだけのことはある。っていうか、俺が開いていた二ページ分が一分足らずで全て終わってしまい、ちょっと青ざめてしまうくらいだ。
「こんな感じだよ。まだまだ簡単なのに、天沢君ってホントに勉強してないんだね」
「わ、悪かったな。俺はギリギリじゃないとダメなタイプなんだ」
「レッドゾーンすれすれが好きなの?」
「ま、まあそんなとこかな」
「凄い! 私不安ですぐ勉強しちゃうよ。度胸あるよね!」
皮肉でも嫌味でもなく、どうやら海原は本当にそう思っているようなキラキラアイでこっちを見つめてきた。適当な嘘に罪悪感が湧いてくる。
「でも天沢君! やっぱりもっと勉強したほうがいいと思うよ。ねえ、今度私がしっかり教えてあげよっか」
「いやいや! 悪いってそんな。俺は自力でこの危険水域から抜け出すからさ」
「このままじゃ溺れちゃうよ。だって期末テストまでそんなに時間ないじゃん。ね! 私が教えてあげる」
「どうして俺みたいな奴に、そんなことまでしてくれるんだよ」
マジで不思議すぎる。すぐに答えが返ってくるかと思いきや、なぜかちょっとだけまごついた感があったけど気のせいだろうか。
「んー……。やっぱり、放っておけないじゃん。スクールメイトとして」
「スケールデカイな! 普通クラスメイトだろ」
「上手く言えないけど、なんか放っておけないんだよね。天沢君って! じゃあ今日は数学だけ教えてあげるね! まずこの方程式だけど」
「お、おう……」
思わず同意してしまい、天使の数学講座が始まってしまった。想像していた以上に教え方が上手くて、一人じゃ全くわからなかった問題がすいすい頭に入ってくる。結局その後一時間ばかり、俺達の勉強タイムは続くのだった。
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