第8話 天使は休みの日でも連絡してくる
人生初体験だらけの一週間がようやく終わろうとしている。
今日は土曜日であり、午後からバイトが入ってるけど学校は休みだった。
ごく平凡な3LDKのマンションの一室で、散らかりまくった床の上でひたすら腕立て伏せに励む俺。海原にはいろいろ言ったが、実は運動そのものは嫌いなわけではない。いつも筋トレとジョギングは欠かさずこなしているが、部活動まではやりたくないというだけだった。体育会系の人付き合いがどうにも上手く理解できないのだ。
スマホで筋トレの動画を見ながら、仮想ライバルと腕立ての限りを尽くしている。動画に映し出されている黒人のマッチョなインストラクターは、自身も腕立てをしつつ、にこやかな笑顔のまま軽快なBGMと共にこちらを鼓舞してくる。HEY! HEY! カモンカモンってやたら煽ってくる。負けないぞ、俺は負けん!
「きゅーじゅう、きゅううぅうう!」
肩と二の腕が限界に近づいている。しかしここまできたら最後の一回、最後の一回をこなさなくては。使命感にも似た何かに駆られ、床ギリギリまで胸を落としかけたその時だった。
「ひゃああああ、くぅううううう、」
『やっほー! 天沢君、生きてる?』
「グオ!?」
思わずそのまま床に突っ伏してしまう。まさか鳴らずのスマホであるはずのマイ携帯から連絡が来るなんて予想外すぎたからだ。
「何だよ。誰だよこんな時……に」
スマホで送信者の名前を見て、違う意味で心臓がドキりとしてきた。どうやら海原からラインが来てしまったらしい。マジでどうなってるんだ。
俺は悩んだ。こんな時にはどういう返答をするのがいいんだろうか。気がつけば十分ほど思案に駆られてしまっていたところで、またしてもスマホがバイブをした。
『死んじゃった?』
あれ? もしかしてこれあれじゃないか。出会い系とかで音信不通になった女子に、たまに送ると効果のあるやつじゃなかったか。ネットで調べたことがあったが、まさか俺がメッセージを受け取る側になるとは、全く奇妙な話じゃないか。
休みの日まで連絡してくるなんて、一体どうしてだろう。もう既読もついちゃってるし、悩みつつも、とにかく一度だけは返信をすることにした。
『ただのしかばねのようだ』
『生きてるじゃん!』
ダメだ。一分で返信が来た。続いてアニメキャラが挨拶してるスタンプまで送ってきやがった。アイツもしかして暇なのか? まあ、俺も人のことは言えないが。
『死んだように息を潜めてる』
『何かに追われてるの?』
『退屈な毎日に追われてる』
『哲学だね……多分』
自分でやっといて何だが、やり取りが意味解らん。もうここいらで終わりだろう。と、思ってる矢先に追撃が来た。
『外で遊んだりしないの?』
『何だよー、お前は暇か? 特に何も用事ねえよ』
『勿体無いよ! こんなに晴れてるのに。私は今部活の練習試合の休憩時間』
そうか。海原のやつ野球部のマネージャーをしてるんだったな。全く、青春真っ盛りって感じがしていいなあおい。とか考えていたら、今度はグラウンドの写真を送ってきやがった。しかも坊主頭の部員達がピースサインしてる。
『ねえ、ワクワクしてこない?』
『全然』
この返信の後、俺は家から出て駅前に向かった。確かにずっと家でのんびりしているよりは、外に出たほうが有意義だろう。流石に期末テストが近いから勉強もしなくてはいけないが、中にいるより外のほうが捗るかもしれない。
というわけで駅前にやってきたわけだが、案の定俺はただぶらぶらしているのみだった。計画性がないっていうか、もうちょっと外で楽しめるものを見つけたいなぁ。
ショッピングモールの中を適当に歩いた後、ハンバーガーショップに入って階段を上ったところで、またしても普段は沈黙しているスマホが通知を横してくる。
『練習試合終わったよ! 天沢君は何してるの?』
またか。どうしてこんなに俺に構うのか、謎は深まるばかりだったがとにかく返信するか。二階のカウンター席についてすぐさまハンバーガーを食べつつ、
『外に出て、適当なところで勉強を始めるところだ』
『へー! そうなんだ! 何処で勉強してるの?』
『南駅から十分くらい歩いたハンバーガーショップだよ。二階のカウンターだから眺めもいい。じゃあお疲れ』
俺の最寄駅は通称南駅と呼ばれている。ちなみに海原の最寄駅は通称南東駅だ。実際は全然違う名前だが、なぜか地元民からはそう呼ばれている。
『私も今南駅だよ!』
『え? お前の最寄駅ここじゃないだろ?』
おかしい。何でまた俺の最寄り駅に来たりするんだ? とは言っても、まあ二駅くらいしか違わないんだけども。
『うん! 今ね、中央公園そばのコンビニにいるよ』
二分くらいしてからまた返信が来る。
『な、何でそんなところ歩いてんだよ』
更に二分後。
『今ね、八百屋さんの前にいるよ』
え、ちょっと待てよ。これって。考えているうちにすぐさまもう一通きた。
『今ね! ファーストフード店の前にいるよ』
『お前、これホラーもののお約束だろ!』
何だったっけ。たしか貞……あ、いや違うか。
『今……あなたの……後ろに……』
きたきた、もう読めてるって。俺はすぐに後ろを振り向いた。ここで簡単にビビるわけにはいかない。二階に登ってくる階段は一つしかない。脅かせるものなら脅かしてみろ……と思ったんだが、しばらく待ってるのに音沙汰がない。
何だ? まさか、既に俺の近くにいるのかもしれないとか思い始めた時と同時にスマホが振動した。
「ひえっ!?」
『まだいませんでした♪』
ふと二階の窓から下を見ると、ホラーとは正反対のほのぼのフェイスが手を振っている。
「お疲れー! 天沢君っ」
そしてジャージ姿にスポーツバッグを持った海原春華が、軽快な足取りで二階へ上がってくる。部活帰りだからか、赤いジャージの上下姿である。本来地味な姿になるはずが、流石は学園一の天使だ。周りの男達から早速視線を浴びている。
それにしてもマジかよー。まさか休日にまで会うことになるなんて。
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