第22話 悪魔の誘惑
真栄城夏希はとにかく美人でスタイルがいい。モデルになったらきっと大成功を収めるのではないかという程、整ったルックスをしており、ロクでもない噂さえなければきっと学園の人気者になれていただろう。
もしかしたら学園の天使、海原がいたことで彼女は目立たない存在になっているのかもしれない。そんな美人でさえ、海原の前では霞んでしまうのだ。ちょっと話は脱線したが、とにかく薄暗い生徒会室で真栄城による活動内容説明は続いている。
前もって用意していたホチキスで止めたマニュアルを、彼女は手にとって俺に見せている。何故かは知らないが、こちらに手渡してはこない。
「いーい? 天沢君。あたし達生徒会本部はね、必ず週に一度は定例会議をすることになっているのよ。場所はここでもいいのだけれど、もう少し広い部屋をお借りして話し合うこともあるの。会議の内容は」
ピラリ、とマニュアルをめくる。それを目で追うはずだった俺は、今や全く違うものに意識を奪われてしまっている。
「……天沢君? ねえ、聞いてるの」
「え!? あ、ああ。聞いてるけど」
嘘である。全然頭に入ってこない。何故かというと、真栄城が見せてくるマニュアルのすぐそばには、少しばかりはだけたセーラー服の中がチラチラ見えてしまっていたのだ。細身の体からは想像もつかないようなふくらみを、黒い布が覆い隠しているところまで見えてしまっている。
「……ということなのよね。今まで行った活動内容の一例としては、生徒全員のロッカーを、」
真栄城の動きがわざとらしく止まり、俺はハッとしつつも冷静にマニュアルにある組織図を眺めているフリをする。直後に、悪魔はクスりと笑みをこぼした。
「天沢君。さっきからどこを見ているの?」
「え? ま、マニュアルだ。その紙を読んでるだけだ」
「嘘。視線の先が違っていたわよ。もしかして」
この空間はやばすぎる。薄暗さと真栄城のセクシー下着が相まって、強烈な誘惑効果を生み出してしまっている。このままじゃ何か危険なことになりそうだ。俺は気を強く持つことにした。
「今更だけど、どうしてカーテンを閉めたんだよ。だったら明かりをつけてくれよな。暗くてマニュアルがよく読めないんだ」
「あら、ごめんなさい。あたしってば気を使ったつもりが裏目に出てしまったようね」
「どういう気の使い方だよそれ」
「でも、暗くて見えないのなら、顔を近づければいいんじゃない?」
「……へ!?」
思わず声が裏返ってしまう。一体どういう発想だよそれ。っていうか、このまま顔を近づけようものなら、マジで胸が至近距離になってしまう。男にとっては楽園に向かうようなものだが、恐らくこれは罠だ。今更になって気がついたんだが、よく見れば真栄城が両手で持っているマニュアルの位置は、ちょっとはだけた禁断のゾーンが視界に入るように調整されている……ような気がする。
なんて計算高い。まさか色仕掛けまでして、俺を引き入れるつもりなのか。
「無理だ。顔を近づけることはできない。そうだ。ちょっと用事がー、」
立ち上がろうとした瞬間だった。右手を柔らかな彼女の左手に押さえつけられる。そしてなぜかちょっとばかり悪魔は前のめりになってきた。
「お、おおおい!? な、何してんだ」
「もう! あなたったら、ずっとあたしの胸を見ていたわね。もしかして、心の奥では悪くないって思ってるんじゃないの?」
「い、いや。悪くはないだろ。普通に」
「ふふ! じゃあやっぱり生徒会に入りましょうよ。いつでもこの部屋に来ていいのよ」
「こ、断る。俺には生徒会なんて無理だ」
関係ないが俺は文字通り悩殺されそうになっている。立ち上がれるはずなのに、どうしても体がいうことを聞かない。
「お願い、天沢君」
「い、いやだ! 断……ることを検討してる」
「いいでしょ。お願い。ねえ、天沢君!」
今までとは全然違う甘い声に耳が震えそうになる。このままじゃまずい。完全に理性の城を陥落されようというその時、いきなりシックな茶色いドアからノックの音が響き渡った。
「すみませーん。失礼します。あ、あれ!? 開かない」
小鳥が囀るような透明感のある声がドアの向こうから聞こえる。間違いなく学園の天使、海原春華だ。ハッとした顔になり瞬時に立ち上がった生徒会長はファスナーを光の速さで下ろすと、すぐさまカーテンを元通りに開き、ほんの数秒でドアのロックも解除した。
「何かご用かしら? 海原さん」
俺はまるで打たれすぎてインターバル後に立ち上がれないボクサーみたいに、魂が抜けた形でソファに座っていた。危うく本当に助手にさせられるところだった。
「いえ。なんか大きな声がしたから、心配になっちゃって」
海原の少し後ろには友人である美姫がいて、おっかなびっくりな顔で中の様子を伺っているようだった。状況が飲み込めないがこれはチャンスだ。俺は自分を鼓舞して立ち上がり、早歩きでドアまで向かう。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ天沢君!」
すれ違いざまに見た真栄城は何故か頬を真っ赤に染めていたが、いつからこんな顔になっていたのだろう。しかし気にしていたら逃げれなくなりそうだから、俺は突っ切るように部屋を出て、競歩ばりの勢いで廊下を抜けようとしたが、
「どうあっても生徒会に入らないつもり!? このあたしが誘っているのよっ!」
なんと廊下に出てきて叫びやがった。やめてくれよ。海原やリア充グループまでいる空間だし、先生達にも聞こえてるのに。もう周りが見えてないのだろうか。ここはきっぱりと断る必要がある。俺は意を決して振り返った。
「悪いけど、俺はお前の助手とかは無理だ。何を言われてもやるつもりはない。じゃあな」
クッと、歯がみをするような顔になった真栄城は、肩を怒らせて生徒会室へ戻っていく。そんなやり取りを海原を含めた学園のリア充たちが呆然と眺めている。なんて恥ずかしい状況だよ。顔中が熱くなっちまった俺は、とにかく急いで教室に戻って行った。
まずいな、今日一日で俺は相当目立ってしまった。おかげで午後になっても、授業の内容がほとんど頭に残らない。今日は本当に厄日かもしれないとか考えていると、休み時間にスマホが振動する。
『天沢君! 大丈夫だった?』と言いながらゆるキャラが怯えているスタンプを送ってくる学園の天使。なんていうか、チャットがくるだけで癒されるから不思議だ。
『正直大丈夫じゃなかった。あの時なんで生徒会室に入ってきたんだ?』
『あのね。二人でお話するって聞いて、どうしても気になったから、近くまで来ちゃったの。なんか天沢君と真栄城さんが大きな声を出していたから、喧嘩してるのかなって。それで我慢できなくて、入っちゃった』
『マジかよー。まあ、おかげでいろいろと助かったけどな。危うく傘下に入れられるところだった』
海原は忙しくて、俺のことなんて考えてないと思っていたが、まさか生徒会室まで様子を見にくるとは。リア充グループにはいろいろ見られちゃったし、今後厄介なことにならないか心配だ。
『でも、やっぱり天沢君はカッコ良かったよ! ちゃんと断ったじゃん。真栄城さんにあんなにビシッと言える人ってなかなかいないって、美姫も関心してたよ』
『別に、大したことじゃねえよ。あーあ、めっちゃ疲れた。こりゃ明日ちゃんと起きれるか不安だ』
ちょっと不貞腐れたような返信をしつつも、学園の天使に褒められたことは、実はけっこう嬉しかった。
『じゃあ起こしてあげよっか。終業式に遅刻しちゃったら大変だよ。きっとみんな怒っちゃう』
そして彼女から鬼が棍棒を振っているスタンプが送られてきたところで、本日最後の授業が始まった。海原とのチャットで安心感を持った俺は、あれだけハッキリ断ったのだから、真栄城はもう今後絡んでくることはないだろうと、楽観的な考えを持つまでになっていた。
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