第23話 悪魔の待ち伏せ

 いよいよ一学期最終日だというのに、俺はどうしても布団から出られずにいる。既にお日様は上り、三十度超えの気温が部屋を襲い始めているが、まだ起きたくない。


 だが俺のダラダラ欲求を消滅させるような電子音がスマホから響く。何だよ。誰なんだ朝から電話かけてくる奴はと、苛立ちつつベッド脇のキャビネットに置いたスマホの件名を見る。次の瞬間には慌てて通話ボタンをタップして耳に当てがった。


『天沢君おはよー! 学校行く準備できてる?』


 まさか本当に学園の天使、海原春華がモーニングコールをしてくるとは予想外だった。アイドルを超える萌えボイスがスマホ越しに届けられ、俺は新鮮な感動を覚える。今までスマホからこんな可愛い声が聞こえてきたことは一度もなかったからだ。


『おはよう。全く準備してないが大丈夫だ。多分あと五分寝てから始める』


『ダメだよっ。五分が十分になって、いつの間にか一時間になって、そしてあっという間におじいちゃんになるんだよ。時の流れは残酷なの』


『時の流れが早過ぎるだろ! だってさぁ、朝ってだるくね?』


『え? 全然! むしろテンション上がるよっ』


 流石は学園一の天使であり優等生、一日のスタートから常人とは違うらしい。


『さあ、早く歯磨きとかシャワーとかしなきゃ! 遅刻しちゃうよ!』


 ここまで言われたら、もう起きるしかないかと、俺は欠伸をしつつもようやく掛け布団をどかした。


『解った、解ったよ。じゃあ今から準備するわ』


『あ、まって。実は占いを見てたんだけど、今日の運勢はね、獅子座が一番ラッキーなんだって。自分の願望達成に大きく前進する日だって言ってたよ。天沢君って何座?』


 占いとか血液型とかホントに女子は好きだよな。俺は全く興味がないが、モーニングコールをもらっておいて塩対応するわけにもいかない。


『俺は双子座だけど』


『えーと、ちょっと待ってね。双子座の今日の運勢は。ひゃあ! こ、これは……』


『な、何だよ。もしかして運勢悪かったのか?』


『予想もしない出来事が起こるかもしれません。突然現れる人に注意、だって!』


『すっげえピンポイントな占いだな! 当たったらなんか怖いんだけど』


『じゃあ私いきなり天沢君に会いにいこっかな!』


『来ないでくれよ。ヤバイことが起こりそうだ。ちなみにお前は何座だ?』


『牡羊座! 今日は可もなく不可もない一日なんだって』


『それが一番いいかもな。今日部活か?』


『ううん。でも友達と遊びに行く用事があるの。天沢君と一緒に帰りたかった』


 その後も何だかんだでダラダラと会話が続き、結局俺は電話の後大急ぎで支度をする羽目になってしまった。何だよ、余裕を持って起こしてもらったのに意味ねえじゃん。


 しかし今日の学校はお昼までで終了だし、部活もバイトもないのですぐに帰れることだろう。久々にのんびりした一日になりそうだと、ちょっとばかり楽観的な気持ちでいた。


 しかし登校してから朝のHR、授業に終業式と続いていくうちに、どうも周囲に違和感を感じ始める。なんかみんなの俺を見る目が変わったような気がしたんだ。以前は景色の一部というか、ただ二酸化炭素を吐いてる物体としか思われてなかった感じだけど、今は未確認生物ばりに観察されてるような。いや、ただの自意識過剰か。


 自分で言っててよく解らん説明になってしまったが、とにかく半日だけのスケジュールは無事に終了した。通信簿の成績が平均3に上がっていたのはかなり嬉しい。超危険水域から脱したというだけで、ここまで安心できるとは思わなかった。


 いつも以上に晴れやかな気持ちになりつつ、一人で校門を出ようとしていた時だった。何かがスッと前に現れたのだ。


「うお! 何だよ海ば、」


 言いかけて俺は一瞬頭が真っ白になった。海原よりも予想外の人物が、何か自信たっぷりなオーラを纏いつつ現れたからだ。


「こんなところで会うなんて偶然ね。天沢君」


 片手を腰に当て、ファッションショーの立ちポーズさながらの姿勢になっているのは、真栄城夏希だった。昨日あれだけハッキリと断ったばかりだというのに、また生徒会に勧誘する気だろうか。


「お前は……。いやいや、なんか偶然っぽくなかったぞ今の!」


「ううん、本当に偶然よ。あたしとしては生徒会室にまた呼ぼうとも考えていたのだけれど、手間が省けたわ」


「まさかまた勧誘か? しつこい奴だな。入らないって言ったろ。じゃ」


 内心ちょっぴり緊張していたが、努めてポーカーフェイスを作りつつ隣を通り過ぎようとする。立ち話なんてしていたらラチがあかないし、別に付き合う義理はない。


「あら? 違うわ。伝統文化研究部の話よ」


 すれ違いざま、耳元で囁いた言葉に足が止まる。


「うふふ! 天沢君、あなたは相当今の部活が気に入っているのよね?」


「部活? ああ、まあそうだけど。俺にとっての憩いの場だからな」


「潰れちゃったら困るんでしょ?」


「当たり前だ。他に自分に合っているような部活動がないし、俺はあそこで落ち着いていたい」


「じゃあ、潰れない為には部員を増やすしかない。そうよね?」


「う……」


「ちょっと一緒に帰りながら話しましょうか」


 真栄城はプロポーション通りの颯爽とした歩き方で俺の隣についてくる。なんてことだ。まさか学園でもいろいろヤバイ噂のある悪魔と下校する羽目になるなんて、今日はやっぱり運勢が悪いのかもしれない。


 そんなことを考えつつ黙っていたが、学園の悪魔は気にすることなく話を続ける。


「麗音君から話は聞いたわ。どうやらあなたが部員を勧誘しなくてはいけないようね。でも、今のところ勧誘成功者はゼロ。ていうか、勧誘さえもしてないでしょ?」


「麗音とも喋っていたのかよ。ああ、そうだ。なかなかメガネに叶うやつがいなくてな」


 嘘だった。伝統文化研究部なんていう、実際は何もしてこなかった部活動の勧誘なんて荷が重い。誰しもが何処かの部活には既に入部しているわけで、その部活を辞めて移ってもらうというだけでもハードルが高いのに。何人か声をかけようとしたが思いとどまった。まるでナンパを試みるが、どうしても話しかけれない男のように挙動不審になるだけだった。俺にはきっと営業は無理だと思う。


「ふふ! たった一人捕まえればいいのに。どうしても上手くいかないのね。でも天沢君、特例であたしが、あの何の変哲もない部活動に目を瞑ってあげないこともないのよ?」


「失敬な奴め。目を瞑ってやるだと?」


「ええ。たった二人だけであっても、部活動だと認めてあげてもいいわ」


「な、なんか企んでないか。お前。話がうま過ぎる気がするぞ」


 若干古びた商店街通りを真栄城と二人で歩いていると、近くを歩いていた生徒達が避け始めた。やっぱ噂ってすげえわ。それにしても真栄城のやつは距離が近い。肩が触れるか触れないかくらいの位置をキープして歩くから、妙にドキドキしてくる。


「企んでいるわけじゃないけど、一つ条件があるわ。あたしがしっかりと、あなた達がちゃんと活動しているかチェックします。問題ないと判断したら見逃してあげる」


 得意げに人差し指を立てながら語る真栄城。駅に辿り着き、改札を抜けた時には俺は自然とため息が出ちまった。


「何だよそりゃあ。部員一人連れてくるより難しいんじゃねえの?」


「部員一人連れてこれる可能性はゼロよ。でもあたしを納得させる可能性は1%はあるわ。これはかなり分の良い話よ」


「何処がだよ! 滅茶苦茶確率低いだろ!」


「ふふ! ちなみに、夏休みの部活にはあたしも参加するから、宜しくね」


 上り行きの電車が止まり、扉が開いた時、俺は口を開いて固まってしまった。


「は? お前、部活に参加しようっていうのか?」


「勿論よ。ちゃんと確認しなくちゃいけないでしょ。じゃあ早速ラインを交換して頂戴。せいぜい楽しませてね」


「お前遊ぶ気満々だな」


 俺は帰りの電車で、なぜか学園一の悪魔と連絡先を交換する羽目になってしまった。真栄城が電車の中で、今日の占いは当たってたとか嬉しそうに語ってるから、一体何座なんだと聞いたら、どうやら獅子座だったらしい。


 最近マジで悪魔に振り回されてる……。だが、そう思った次の日に、今度は天使がやって来たりするのだ。

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