第18話 何故か悪魔に呼び出されたんだが

 いよいよ夏休みの開始まで残り三日となり、みんなはしきりに海だ、花火大会だ、ライブだと騒ぎ出している。


 教室の中はまるで希望の海にいるみたいで、俺はやっぱり居心地が悪い。しかし、本当に悩んでいることは他にあったわけで。俺の頭の中には、誰を新たな部員として勧誘するかで一杯だった。麗音の話では、どうも日に日に生徒会からの圧力は強くなってきているらしい。


「どうしたもんかなー。本当に」


 帰りのHRが終わり、ボーッとしたまま考え事をしていると、クラスではカースト上位にあたるイケメンが慌て気味に駆け寄ってきた。


「おいおい天沢。お前一体何したんだよ?」


「え? 別に何もしてねえけど」


「お前に呼び出しがかかってるぞ。しかも、あの生徒会長からだ」


「……は!?」


 このまま電車に乗ったら確実に五秒で寝れそうなくらいぼんやりしていた頭が、急な出来事に混乱して一気に覚醒する。生徒会長って言ったら、今一番学校で関わっちゃいけない奴じゃなかったか。まあ、顔は覚えてなかったが。今日はバイトが入っているので、あまり時間はかけたくない。急ぎ足で一階にある生徒会室へ向かった。


 たどり着いた生徒会室は、ちょうど職員室と校長室の間にあるという、生徒の中では別格の扱いを受けられる部屋でもある。人生で一度も入ることなどないんじゃないかと思っていたお堅い雰囲気満載の部屋をノックすると、『どうぞ』と声がした。


 なんていうか、冷淡というか感情がないというか、嫌な予感満載になってしまう声だ。俺は静かに扉を開けると、中にはソファとテーブル、それとなかなかに豪華そうな机が置いてある。彼女は二つあるカウチソファの奥側に座っていた。


「失礼します。あのー、あ。ああ?」


 俺はけっこう間抜けな声を出していたに違いない。見ているだけで冷房効果があるほど冷たい雰囲気を漂わせる生徒会長は、昨日帰り道に電柱側でうずくまっていた女だったからだ。


「昨日はどうも。天沢秋次君」


「マジかよ……お前、生徒会長だったのか」


 なんて間抜けな質問だったのだろう。しかし彼女はクスリと笑うだけで、特に何も返答はしなかった。


「そこに座りなさい。話があるわ」


 俺は彼女の向かい側のソファに腰かけると、ちょっとばかり落ち着かない気分になりチラチラと周囲を見回していた。だが本当に気になっていたのは、目前にいる真栄城だった。足を組んで何かの資料に目を通している様は、きっと風貌だけで秘書の面接に受かってしまうだろう。


「実はね、あなたのことを調べさせてもらったの。昨日あんなところでうろついている男子なんて、ちょっと怪しいじゃない? 見過ごせなかったのよ」


「夜中にあんなところでうずくまっている女子だって、怪しいっちゃ怪しいけど」


「あ、あたしはいいの。近くのカフェで勉強していたら、気がついたら夜中になってて、更にはコーヒーを飲み過ぎて胃を痛めていただけなのよ。とても健全だわ」


「健全ではないんじゃね?」


「あなたのことは今日の昼休みに合間を見て徹底的に調べたわ。クラスに所属している部活動、交友関係から身長体重に趣味、普段行っている筋トレから購買で買っているパンの種類まで」


「どうやったらそんなに調べられるんだよ! 怖ええな!」


 彼女は何に関しても徹底的だと言われていた。不審者を調べることについても妥協しないらしい。この後どんな恐ろしいことを言い出すのか。まるでホラー映画に出てくる女妖怪に見えてきたぞ。


「あたしにかかれば調べられないことなんてないわ。でも、あなたは不審者でも何でもなかったわね。ただ、一つだけ気になることはあるのだけれど」


「気になること? 何だよ」


「それは部活動よ。あなた、あの伝統文化研究部に在籍しているわね。幽霊部員の巣窟となっている部に」


 ギクリとして少しだけ眉を潜めたのを見逃さず、真栄城は小さくクスリと笑ったようだった。クールな美女が笑うとグッとくるものがあるが、怖い噂だらけであることを考えると、少しばかり背筋が冷たくなる。


「部活動の規定が変わったことはご存知? きちんと活動している人が定期的に三人はいない部は、廃部の対象になってしまうのよ。ちょうど、あなたの所属している部活は当てはまっているわ」


「規定のことなら知ってる。何もそんなことして、部活を削っていかなくてもいいんじゃないか。改悪だと思ってる」


「幽霊部員だけの溜まり場なんて作っていたら、学校にとっても生徒にとっても良くないわ。それに、あなたにとってはラッキーかもしれないわよ」


 いつの間にか彼女は顔を前に出して、こっちの表情を覗こうとしているようだった。何だろうかこの色気は。そして学園の天使、海原に負けず劣らずの二つのふくらみは。いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない!


「これを機会に、そんな部活動はやめてしまえばいいのよ。そしてもっと有意義な道に進むべきだわ。例えば……ここ」


「ん? ここって」


 真栄城は体を戻すともう一度足を組み、仕事のできるOLみたいなポーズを取り、


「あたしの助手になりなさいよ。特別にあなたを、生徒会に入れてあげるわ。うちは部活動に入っていなければいけないルールだけど、生徒会に入っているなら免除されるの」


 俺は多分目が点になっていたと思う。いきなり何を言い出すのか。


「ねえ、そんな部活なんてやめて、あたしの手伝いをなさいよ。昨日の行動力は目を見張るものがあったわ。これは本当にチャンス、」


「いや、やめとく」


「……へ?」


 きょとんとした顔になった真栄城を横目に俺は頭を掻きながら立ち上がる。こんな危険な噂だらけの奴の助手なんてやったらきっと死んじまう。


「俺はお前が思ってるより仕事できないからさ。それが目的なら諦めろよ。無理だ無理」


「ちょ、ちょっと待ちなさい。まだ話は、」


 俺はそそくさと逃げるように生徒会室から脱出した。真栄城はまさか追いかけては来ないと思うが、普段の三割増の競歩で下駄箱まで向かう。


「ひえー。緊張したあ。何で俺が誘われるんだよ」


 スカウトするにも、もう少しマシな奴がいるだろって思いつつ、靴を履いて校舎から出ると、自然と溜まっていた息が盛大に吐き出される。こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。


 一体俺のどこを見て助手にしたいとか考えるんだろうな。こんな赤点水域からようやく抜け出たようなやつを捕まえてさ。そういえばバイトの時間までギリギリだ。俺はマスターに怒られる未来を防ぐべく走り出したのだが、そんな時にスマホが振動した。後で確認すると、それは学園の天使からきたラインだった。


『天沢くーん! 部活終わったらカフェ行くね! 夏休みの予定決めよ』

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