第19話 天使は遊ぶ気満々

 それにしても、俺がバイトしているカフェは最近客がめっきり減っているなと感じる。


 先日も夕方から夜にかけてやってきたお客さんは片手で数えるくらいしかなかったし、もしかしたら潰れるのではないかと心配になってくるが、マスターは道楽でやっているから別に問題ないのだと言う。お金に余裕があるらしく、羨ましい限りだ。


 そんな暇なカフェにおいて、貴重なお客さんの一人が十八時半くらいにやってきた。部活帰りだが、わざわざカフェに寄るためだけに制服姿になってやってきた学園の天使だ。


「こんばんはー。マスター、ストリベリーパフェ下さいっ。あ、天沢君! 今日もカッコイイね!」


 店に入るなり真夏の太陽ばりな笑顔でこっちに手を振ってくる海原に、俺は苦笑で応えた。


「お前はいつだって元気だなあ。ちょっとワケてほしいもんだ」


「あれ? そういえば天沢君は、なんかいつもより元気ないよね。普段はちょっと体調悪そうな感じだけど、今は病死寸前って感じ」


「そこまでやばくはないだろ! 今日はマジで色々あったんだよ」


 すでに置物みたいにカウンター前でぼんやりしてるマスターとは対照的に、俺は一人でせっせと各テーブルに足りない物がないかとか、汚れてる物がないかとかチェックして周っていた。


「え、色々あったって何? 私気になっちゃう」


「まあ、ほぼほぼいつも通りだったんだけどな。どういうワケか放課後に、生徒会長に呼ばれたんだ」


 海原は最初ゆるキャラよりも抜けた顔でぼーっとこちらを見ていたが、やがて大きな瞳がさらに開かれて駆け寄ってくる。走り方自体は女の子走りっぽいのだが、彼女は並の女子とは最高速度が違い過ぎる。


「ええー! あの生徒会長に呼ばれちゃったの? もしかして犯罪でもしたの?」


「するワケないだろ。いや、実はさ」


 俺は海原に彼女と昨日会ったことや、生徒会室での話を説明した。うんうんと学校の授業ばりに熱心に頷きながら彼女は聞き入っている。いつもの朗らかな雰囲気とは違い、明らかに真剣な眼差しだった。


「えええー、何その展開。天沢君、あの真栄城さんからスカウトされちゃったんだ。それで、断っちゃったと?」


「ああ。だっていろいろ悪い噂あるじゃんアイツ。それに生徒会って超忙しかったり、生徒と先生の間に立ってイベントやら何やら、忙しく動き回らなくちゃいけないんだろ。やりたくねえって」


「天沢君には伝統を研究する使命があるからねっ」


「いや、別に使命ではないが。まあでも、一度断ったらもうおしまいだろう。マジで疲れたよ」


「……本当におしまいなのかな?」


「え?」


 海原はいつもの窓際席に座り、ドラマの名探偵みたいに透き通った細い指先を顎に当てながら、何かを推測している様子だった。


「前日に見た天沢君の行動が凄かったって話だけど、どう考えても生徒会の仕事とは別次元の話だと思うし、何か違う目的があるんじゃない?」


 学園一の優等生に言われると、なんだか急にそんな気がしてくる。別の目的って言われても、一体何のことやらだけど。


「ま、まさか!」と海原はハッとして立ち上がった。今日はいつもにも増して行動がアグレッシブに見えるが、店員からすればじっとしていてもらいたい。


「今度はどうしたんだよ」


「う、ううん。別に」


 珍しく歯切れが悪い感じで彼女が着席した時、マスターが頼まれていたストロベリーパフェを持ってくる。


「御待ちどおさま、海原さん」


「わああ! ありがとうございます。すっごーい! 最高です!」


 宝くじが当たったみたいな興奮気味の笑顔で、学園の天使はテーブルに置かれたストリベリーパフェを写真に収めている。クラスのみんなもそうだが、美味そうなものが出るたびに写真を撮るのって普通なんだろうか。俺は全然やらないのだが。


「ねえねえ天沢君。話は変わるけど夏休みはどうするの? お暇な感じ?」


「んー……」と俺は考えこむフリをする。答えはとっくに出ていたのだけれど、すぐに言うのは何となく恥ずかしい。


「うん! その反応は暇だねっ」


「勝手に決めるな! 勝手に」


「ねえねえ、良かったら遊びに行こうよ」


「遊びに行くって、俺とお前と、あとは誰と行く気だ?」


「え? えーと。そうだね。や、やっぱり誰か誘ったほうがいいよね。んー……」


 即答するのかと予想していたが違った。もしかしてリア充グループに入れられるのではないだろうな。ちょっとばかり嫌な予感がしたので、話を切り上げようと俺はカウンターに待避しようとした。


「天沢君は意外とワイワイしたい系? でもいきなり大人数じゃ大変だよね。じゃあ、例えば麗音君と私の友達を連れて、合計四人とかでいいんじゃない。夏休みはいっぱい遊びたいなー」


 パフェを食べ始めながらも海原はこちらを逃すつもりはなかったらしい。ワイワイなんてしたくねえわ。


「いや、バイトとか部活とかで、けっこう忙しいかもな」


「あれ? でもバイトはほとんどはいってないでしょ。マスターからシフト聞いてるよ」


「何でもう知ってるんだよ。個人情報だぞ」


「麗音くんも、部活は週一回くらいしかやらない予定だって」


「みんなペラペラ喋るな! これじゃ俺のスケジュールは筒抜けじゃないか。夏休みの宿題とかあるじゃん」


「え? あれって一日で終わるよ」


「嘘だろ! お前どんだけ早いんだよ」


「普通に終わると思うけど。私はいつもすぐに終わらせて、何の気兼ねもなく遊びまくることにしてるの!」


 流石は学園一の成績を誇るだけのことはある。中学校時代も相当優秀だったのだろう。全く理解できん領域の話だ。


「じゃあさー。まずは一緒に宿題やろっか。私が教えてあげる」


「いやいや、流石に悪いだろ。お前は俺のことなんて気にせず、みんなと楽しく夏を満喫しろよ」


「ええー。天沢君とも遊ばないとつまんないよ。ねえ遊んでよ! 遊んで」


 スッとカウンター側に気配もなく接近した海原は、俺のエプロンをぎゅうぎゅう引っ張ってくる。ちょっとウルウルした瞳で見上げてくるから、ますます断りにくい。


「子供みたいな真似をするな。だだっ子じゃないんだから」


「うむむむ。天沢君の意地悪……前から約束してたのにっ」


「別に約束はしてないだろ」


「秋次君。約束を守らないのはダメだぞ。それでは進展しないぞ」とマスターの横槍が入る。


「何を進展させるんですか。いや、ちょ、ちょっと待て、待て海原。海原、こら!」


 段々海原がエプロンを引っ張る手が強くなってきて、押したり引いたりするものだから、ぶんぶん揺すられてる感じになってきた。これ以上加速したら物理的にやばい。


「わ、解った! 遊ぶ、きっと遊ぶ。何かで遊ぶ」


「え、ほんとー! やったあ」


 学園の天使は、小さな子供と変わらないような邪気のない笑顔に変わり、ガッツポーズまでしている。こっちとしても、なんか幸せな気分になるから不思議だ。そんな時に、誰かが突然店内に入店してきたのだ。


 まあ、入店してくるのは普通なのだけど。なかなかに意外な男だった。


「秋次! 喜べ! 夏休みの部活スケジュールが決まったぞ!」


 うちの部活動のイケメン部長、麗音は見た目だけではなく声まで尊大にして、俺と海原、マスターが集まっているカウンターにズンズン迫ってくるのだった。

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