第20話 なぜか天使がもじもじしている
麗音という男はとにかく大味で、細かいことには気を配らない反面相当なイケメンだ。個性的なイケメンは女子ウケがいい。
「秋次! 夏休みは忙しくなるから覚悟しておけ! おや、海原ではないか」
「あ、こんばんはー。何か面白いことをするみたいですね」
そんなイケメンがやってきたものだから、海原は俺と話しているよりも目を輝かせるんじゃないかと思っていたが、案外反応は普通だった。マスターはまたいつも通りミルを使って粉砕を始めているが、なんだか落ち着かない感じだ。そりゃそうか。海原も麗音も普段から声が大きいし、カフェでは迷惑になりそうな客だろう。
「もうちょっと静かに話してくれよ。何と言ってもここは大人のカフェ『ときめき』だぞ」
「うむ。我はこれでもトーンを落として話しているつもりだったが」
「どこがだ!」
「まあ良い。では手短に話そう。これを見るのだ。我が伝統文化研究部の夏季予定表だ」
麗音は鞄から取り出してきたA4の紙をカウンターに置いて、俺と海原は両サイドからそれを覗き込む。どうやら夏休みのスケジュールが書かれているようなのだが、マジックで書かれた子供の落書きを、表に押し込んだみたいに雑だった。一見すると把握に苦しんでしまう内容だが、海原は関心するように顔を上げてこっちに視線を送ると、
「凄いじゃん! これならちゃんと研究部っぽい感じだよね」
「え? 海原お前、この落書きで理解できたのかよ。流石理解力が高いな」
「たわけ者め! 誰がどう読んでも理解できるであろうが。では懇切丁寧に説明してやる。心してきけ! あ、コーヒーをブラックで」
「はいよ」とマスターは自慢のコーヒーの準備に取り掛かる。
「まず七月の下旬に地区内にある観光スポットと寺を周り、歴史やら諸々を調査してレポートを書く。八月中旬には全国有数の城を見学してレポートを書くついでに巨大プールに行くぞ。夏一番のデートスポットと呼ばれるアレだ。水着を持参するように。八月下旬には地方に向かい、国内で最も長く続いているという夏祭りと花火大会のレポートを書くのだ。浴衣を用意しておくのが望ましいが、なくても構わん。以上!」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
俺は早口でまくし立てる友人にストップをかける。部活っていうか、これって。
「どうした? 我のあまりに完璧なスケジュールを前にして感動したのか?」
「いやいや! 感動とかじゃなくて、これって普通に遊んでるだけじゃん?」
麗音はカウンターの丸椅子に腰かけると、怪訝な顔のままこちらを見つめていた。海原は話を聞くほどに目を輝かせ始め、両手を胸の前で組んでそわそわしている。
「す、凄い! とっても楽しそう」
「いや、楽しそうなのは楽しそうだけどさ。プールと祭りに関しては必要ないだろ。水着も浴衣も必要ない」
「秋次。お前はどうしてそう固いことを言うのか。よく考えよ。せっかくの夏休みなのだ。部活動をしつつも、少しばかりおまけで遊んだところで文句は言われまい。気にするのはお前くらいだぞ。まあ、我にとってはおまけがメインだが」
「ダメじゃん!」
「いいじゃんいいじゃん! 天沢君。いっぱいレポートがあればアピールになるし、楽しく遊べて一石二鳥だよ」
「俺には二羽も鳥がいるようには見えん。百歩譲ってプールとか祭りに行くとして、男二人じゃつまんないだろ」
「無論二人では行かない。お前が勧誘してきた女子も連れて行くことになるだろう」
「え……お前俺が部活に女子を勧誘してくると思ってたのか」
絶句しつつ俺はカウンターの周りの掃除を始める。客がいないとはいえ、ずっと喋っているだけは気まずい。っていうかこいつ幼馴染みの彼女っていう羨ましいことこの上ない存在がいるはずだろ。浮ついたことしてていいのかよ。
そんな時、なぜかもじもじしている海原の姿が目についた。
「あ……あのー。麗音さん」
「む? どうした? 我のスケジュールに感動してトイレでも近くなったか?」
「違います! その、いきなりこんなこと言うのも、変だと思うんですけど。私も混ざっちゃったら、ダメですか? 良かったら参加してみたいんですけど」
思わずカウンターを拭き掃除している手が止まった。何というありえない展開。まさか学園の天使が、伝統文化研究部のレポートに付き合うだって? 麗音は目を閉じて、瞑想でも始めようかという雰囲気を出していたが、
「良かろう! 後で詳細を連絡する」
「やったぁ!」
学園の天使はジャンプをしつつ渾身の笑顔になった。まるで遊園地に行くことが決まった子供みたいに。
「ちょ、ちょっと待てちょっと待て!」
え? と言わんばかりで二人がこっちを見つめる。いや、コーヒーを持ってきたマスターもだから三人だった。
「どうしたのかな秋次君。もしや突然のチャンスに気が動転してしまったのかい?」
マスターは余計なことを言う趣味でもあるのだろうか。横槍の頻度が半端じゃない。
「いえ、チャンスとかではなくて。だって海原は参加しても意味ないじゃん。うちの部活とは関係ないし」
「いいよー。楽しい思い出ができるなら、私全然オッケーだよっ」
どうしてこうなるのか意味不明だが、彼女はかなり忙しくかったはず。
「でも海原は勉強も部活も、他の友達と遊ぶ予定もあるんだろ」
「まかせろ! そこは我が何とかする。秋次よ。お前は引き続き新たな部員の獲得だけ考えていればいいのだ」
「はーい! じゃあ麗音さんに後で私のスケジュール教えますね。ライン交換してもらえますか?」
「勝手に話を進めるな、勝手に!」
「秋次君。ここは素直に喜びたまえ。君の青春が今輝こうとしている」
「マスター! 輝いてませんよ。むしろ漆黒ですって」
そうこうしているうちに、俺の意見はどんどん流され、海原を混ぜての夏休み部活動がほぼ決定してしまった。どうしてこうなってしまうのか謎だが、とにかく大変な夏休みになりそうだ。
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