第33話 天使達との通話
夏休みというと、誰もが楽しく過ごす毎日をイメージしがちだが、逆に地獄を見てしまう者もいる。
具体的に言えば、夏休みの宿題が手につかず、最終日にヒーヒー言いながら机に縛りつけられてしまう人間がいるのだ。つまり俺である。今までの夏休みは全てその宜しくないパターンばかりだった。しかしながら今回は学園の天使、海原春華が時折ラインでも実生活でも煽ってくるせいか、なんとか間に合うペースをキープしている。
八月の上旬に、こうやって机に座りひたすらに問題をこなしていくなんて、今まではあり得なかったことだ。そんなことを考えていると、ベッドのキャビネットに置いていたスマホが振動する。
「おや?」
今はもうすぐ二十三時であり、大抵のやつは家に帰っている時間帯だ。暇を持て余してラインを送ってきたのは天使か、それとも……。
『ねえ、今電話してもいいかしら?』
悪魔だった。しかもなんだよ電話って。こっちはやりたくもない宿題に励んでいるのに。
『今宿題と格闘中だからさ。また今度にしないか』
『また今度って言葉、あたし嫌いなのよね。いつの間にか無くなっちゃうパターンじゃない?』
何をそんなに語ることがあるというのか。ちょっとばかり返信に迷っていると、今度は、
『秋次君! 宿題進んでるー?』
今度は学園の天使から通知が来たみたいだ。みんな暇で暇でどうしようもないのか? もしかして今宿題で焦ってるのって俺だけか。そういえば春華は、一日で終わらせてやがったな。
『あんまり進んでない。まあ、普段の夏休みよりはずっと進んでるけど』
『じゃあ今年の夏は新記録になりそうなんだ! やったね! ねえ、話は変わるけど、ちょっとお話しない?』
春華もかよ。どうしてこう通話したがるんだみんな。
『勘弁してくれよ。俺はコミュ障日本代表に選抜されかねないくらい話し下手で、電話だと更にコミュ障力がアップするんだぞ』
『えー? 前に電話したけど、そんなことなかったよ。秋次君は、もっと自分に自信を持ったほうがいいと思うの』
自信なんて言葉とは縁の遠い人生を過ごしてきたからな。どうにも春華の言うことを素直に聞けず、頭を掻きつつ机に戻ろうとしていたら、スマホから軽快なミュージックが流れ始めた。俺の最も尊敬するマッチョ配信者モーガンのテーマだ。つまり電話がきてる。
「げ! ど、どっちなんだよ」
嫌な予感しかないものの、俺は仕方なく通話ボタンを押した。
『喜びなさいアキ。深夜の時間帯にあたしの声が聞けるのよ』
通話をしてきやがったのは夏希のほうだった。
『別に嬉しくねえけど』
『もう! 素直になれないのね。で、宿題が大変なわけ?』
『ああ。このままのペースでいくと、やっぱりギリギリになっちまう予感はしてる。優秀なやつが羨ましいぜ』
『あらあら。いけないわー。宿題なんてもう終わらせていないとダメなのよ。そんなんじゃ今度のプールも楽しめないでしょう?』
『俺はプールを楽しむつもりはないけどな。麗音達と適当にやってくれよ』
『つれないのね。ところで、宿題が大変だったら、このあたしが解決させてあげてもいいのよ』
なんだろう、この微妙なニュアンスは。普通は「教えてあげる」とか言うものなのだが。それにしても、二人だけになると悪魔感が抜けているというか、若干女神を思わせるくらい温厚さのある声になるのはどうしてだろう。
『解決ってなんだよ。もしかしてウチの担任を手にかけるとかそういう話か?』
『どうしてそんな物騒な話になるのよ! ただ単に宿題を終わらせてあげるって話よ。しかも、一日で』
『一日で?』
この発言にはちょっとばかり驚いた。同時にとうとう宿題に向かう気持ちも失せてベッドに寝っ転がる。たった一日で終わらせる方法ってなんだ?
『まさか拷問ばりの教え方をするつもりじゃないだろうな。お前鞭とか似合いそうだし』
『いつからあたしは女王様キャラになったのよ! 何も心配なんていらないわ。ねえ、明日空いてる?』
俺は机に置いてあるスタンドカレンダーを眺める。空白になっている日付を確認して、ちょっと躊躇いつつも、
『……明日だったら空いてる』
『じゃあ、街で一番大きな図書館があるじゃない? あそこに行きましょうよ。悪いようにはしないわ』
『なんか、最後の悪党のセリフに聞こえるんだが』
『それはアキの心が汚れているせいよ。みんな聖女の言葉っていうわ』
『お前は聖女っていうか、小悪魔みたいな感じだけどな』
『もう! 憎まれ口を叩くのは得意ね。じゃあ十三時でOK?』
『あ、ああ。いいんじゃないか』
『人事みたいに言わないの。きっとあたしに感謝するわよ』
『悪しき力を植え付けるつもりだな』
『ほざきなさい。じゃあ、おやすみ』
『おやすみ』
通話を切ってから、やっぱり約束なんてするんじゃなかったかなと、ちょっとずつ後悔が湧いてくる。そんな中またスマホが振動する。学園の天使がしゅん……としたスタンプを送ってきたので、俺は思わず通話ボタンをタップしてしまった。信じられないことだが、なんと自分からかけてしまったのだ。自分の行為が自分で信じられなくなる瞬間だった。
『もしもし!? 秋次くん。秋次くんだよね!?』
さっきのスタンプとは正反対に、滅茶苦茶に明るい声が聞こえてきて、ちょっとビックリしてしまう。
『俺じゃなかったらおかしいだろ。なあ、どうした?』
『えーとね。実はね、秋次君とお話ししたかっただけ』
学園のトップは本当に暇なのか。時間作りの達人かもしれないとは、前にも思ったのだが。
『お前ってば物好きだな。俺なんかより面白い話できる奴いっぱいいるじゃん』
『ううん! 秋次君と話してるのは楽しいよ。つまんないけど、楽しいのっ』
『矛盾してるなそれ! 意味が解らん』
『えへへ! つまんないは嘘。全部楽しいよ。ねえ、プール行く前にちょっとだけ遊びたいな』
『お前もプールの話か。あれは城見学がメインだぞ』
『え? お前もって、誰かプールの話してたの?』
『夏希が言ってた。しかも明日会うことになっちまったよ』
『………』
『春華?』
ほんの数秒だったかもしれないし、十秒以上経っていたのかもしれない。あの時の間は本当に意外だった。
『どうして会うの? 真栄城さんに』
『宿題に苦しんでるって言ったらさ。明日解決させてくれるんだと。まあ、そんな美味しい話に乗っかっちまったワケだけど』
『えええ。美味しい話にはカロリーがあるっていうよ』
『それを言うなら、裏があるだろ』
『何時頃会うの?』
『十三時くらいだってさ。まあ、何もないだろうけど』
『解んないよ。これは波乱の予感! その油断が事故の元です!』
『図書館で事故は起こらないから大丈夫だって』
『図書館!? むうう、ますます怪しい』
『図書館のどこが怪しいんだよ。健全そのものだろ』
学園の天使はいつになく電話で緊迫した声を出し続けていたが、それでも可愛いと思えてしまうのは不思議だ。で、結局のところ、だんだん会話に夢中になってしまい、宿題から手が遠ざかっていくのだった。
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