第30話 天使の歌声
しんどかった道のりとは反比例するように、お寺の住職さんによる有難いお話や写真撮影はあっさりと終了してしまった。だけど一仕事やった感はあり、今日っていう日も悪く無い一日だった。
……で終わると思っていたのだが。駅前のわりかし栄えている通りの、バスロータリー付近までやってきたところで、海原が何かを見つける。
「あーっ。ねえ、見てみて! カラオケ屋さんがあるよ」
「そうだな。カラオケ屋さんだな」
俺は人生で特に、カラオケ屋ほど不要な存在はないと思っていた。店をチラ見することもなく通過しようとするが、麗音と真栄城は足を止めてしまう。いやーな予感がする。
「もう! 天沢君ってば塩対応すぎ。せっかくみんなで来たんだから、ちょっと歌っていかない?」
「な!?」
俺は目が点になり、ちょっと上擦った驚きの声を上げてしまう。リア充グループってみんなこう唐突なんだろうか。少し後ろを歩いていた真栄城は、こちらの顔を見るとクスリと笑い、
「あらー? アキ。もしかしてカラオケの経験がないワケ?」
「……いや。経験あるけど、カラオケはちょっとな」
「良いではないか! たまには歌って発散することも必要だぞ。大きな声を出すことは、精神的にも身体的にもとても良いものだ。秋次、お前は普段からボソボソと喋りすぎている。きっとストレスが溜まっているだろう」
「お前は普段から声が大きすぎるんだよ! 別にストレスなんて溜まってねえし……?」
ふと隣を見ると、学園の天使が瞳をウルウルさせつつ両手を組み、懇願するスタイルになっている。なんと言う破壊力だ。天使というよりはシスターさんとかがやりそうな仕草だが。
「天沢君……どうしてもダメ? みんなで思い出作りしたいの」
「思い出なら散々作ったじゃん」
「あたしは行きたいわねー。あら? アキってば、そんなこと言いながら自分でー」
ん? と答える間もなく、覚えのある感触を背中から感じた。
「うひえ!? ちょ、ちょっと待て真栄城ぉ!」
「え? 真栄城さん? あ! 天沢くー、」
背中越しにまたしてもマシュマロ的なあれを押しつけられ、俺は反射的に前に体を逃がそうとしたが、その先にあったものは自動ドアであり、一番乗りで入店してしまった。なんてエッチな反則技を使うんだよこの悪魔は。しかも上手い具合に他の二人には、両手で押しているかのように見せかける周到さだ。そして悪魔のプッシュは続く。
「ちょちょ!? ちょっと待て、ちょっとー!」
とかなんとか騒いでいるうちにカラオケルームに入ってしまった……。コミュ障にとっては魔境とも言える恐るべき空間に。キラキラ光るネオンライトっぽい照明と真っ赤なL字型ソファは、結構年季が入ってて時代を感じるが、この辺りの店はみんな時代遅れだから誰も気にしない。問題は歌だ。俺はとにかく人前で歌うのが苦手すぎて辛い。
そんなコミュ障代表の気持ちを知ってか知らずか、奥から麗音、真栄城、俺、海原の順番で腰掛けることになった。マイクもちゃんと2つ置いてあるようだ。
「このメンバーでカラオケするの初めてだから、超楽しみ! 天沢君はどんな歌が好きなの?」
スーパーポジティブエンジェルの言葉に俺は悩みつつも、
「特にどんな歌も好きじゃないかなー。多分歌わないなー」
「ここまできて何をいう。少しは歌ってみろ。気持ちいいし楽しいぞ!」
麗音もまた、本当に前向きなタイプだと思う。まあ、歌も上手いイケメンだから、何も困ることはないんだろう。
「そうよアキ。あたしの歌声に聞き惚れることは仕方ないけど、歌わなくては勿体ないわ」
「聞き惚れるんじゃなくて死ぬかもな。いてて!」
思い切り腹を指でつねられちまった。
「じゃあ麗音君から時計回りにしよっか。みんな注文はどうするの?」
海原が進行役みたいになって、ジュースとか注文を一通り終えるや否や、早速麗音のやつが立ち上がりマイク片手に気合を入れ始める。
「よぉし! まずはロックを歌わせてもらう!」
こいつ普段から声が滅茶苦茶デカいから、こっちの耳が壊れないか心配だとか思っていると、流れるミュージックには明らかな聞き覚えがあった。これって洋楽じゃん!? しかし麗音は英語もペラペラである為か、全く違和感なく英語での歌声を披露し続ける。
「わああ。麗音君すっごーい! カッコいいじゃん」
海原は聴きながらマジで楽しそうに微笑を浮かべている。すげえハードル上げやがった。真栄城はなかなか曲が決まらないのか、リモコンを弄りつつ難しい顔をしていたが、麗音がサビを歌い終えている頃には曲を送信していた。
「懐かしいわね。実際に日本人で歌っている人を初めて見たわ。じゃああたしはこれよ。アキ……ちゃんと聴いててね」
なんで俺に話しかける時だけちょっと囁くのか意味不明だが、真栄城は普段よりずいぶん上機嫌な感じがした。満足げな顔をしてどかっと座るイケメンからマイクを手渡され、今度は悪魔のライブが幕を開ける。麗音とは違い、普通のJーPOPを選択したようだ。現代の歌姫とか言われてるミュージシャンのやつだ。
「おいおい。これ本人じゃないかってくらい似てるな」
「うおおお! やるな真栄城ぉおお!」
麗音の声援が大きすぎて妨害状態だが、気にすることなく黒髪の美人は歌を続ける。マジでオリジナルそっくりな歌声なんでビビってしまう。
「わああ! 真栄城さんサイコー!」
隣にいる海原もテンションが上がったのか、拍手や手を上げたりして場の雰囲気に拍車をかけている。
反面焦りが膨らんでいるのは、何を隠そうこの俺だ。こんなにレベルの高い歌を続け様にやられたら、ハードルが鬼上りじゃねえかよって文句の一つも言いたくなる。そこで、やっぱりここは歌わずにパスを続ける方針を自分の中で決定した。
そう言えばさっきカラオケの点数で麗音は八十点だったが、学園のクールビューティーデビルは九十点だった。ここまで本人とくりそつなのに百点じゃないのか。カラオケ判定って謎が多い。
「じゃあ次は天沢君の番だね! 何歌うのー?」
ノーテンキな顔で俺の顔を覗き込んでくる学園の天使。俺は頭を掻きつつも、努めて平然と答える。この牙城は崩されるわけにはいかない。このまま押し込まれて歌ったら恥ずかしさで死ぬ。
「俺はやめとくわ。お前らで歌ってくれよ」
「え、えええ!」
「あら。本当にいいの?」
麗音は全く気にせず次の歌のチョイスを始め、真栄城はマイペースに店員から渡された紅茶に舌を潤していたが、海原だけが驚いた顔で見つめてくる。
「も、もしかして。やっぱり嫌だった? ごめんね。無理強いしちゃって」
海原の奴が本当に罪悪感に駆られたような顔になったんで、逆にこっちが悪い気がしてきた。なんだかんだOKしちゃったの俺だし。しょうがねえな……一曲だけなら歌うか。
「ま、まあ。ちょっとなら歌うかな」
「え、本当!? やったぁ! 何歌うの? 洋楽? JーPOP? レゲエ? アニソン? 校歌?」
「最後のはないだろ絶対!」
「ねえ、良かったら私と一緒に歌わない? それならお互いカバーできるから楽だよ」
「「え」」
なぜか真栄城と俺の声が被る。でも、一人ではハードルが高くても、二人ならまだ楽っていうのはいい提案な気がする。
「じゃあ、二人で歌うか」「オッケー! じゃあねー、この曲にしない?」「あ、ああ。じゃあそれで」
学園の天使が、まるで昇天しそうな程キラキラした瞳でリモコンを操作していく。
「待ちなさい! それならあたしと一緒に歌いましょうよ。完璧にサポートできるわ」
「でも真栄城さん歌ったばっかりだよ。連続はダメ! はい! じゃあこれにしよっ」
「ちょ、ちょっと! 別にあたしはいいのに」
どういうわけか連投を望む真栄城の抗議はサッと流され、とうとう俺と海原が歌う曲が流れ始める。少し前に流行ったアニソンである。俺は立ち上がり、画面の字幕を必死に見ながら歌い続ける。それはもう必死に声を上げて。
天使と二人で歌を歌っていると、今までの苦手意識が嘘みたいに吹き飛んでいく気がした。ストレスが口から出ていくような奇妙な感覚。体が自然に乗ってくる意外な高揚感。何より彼女の歌声があまりにも繊細で心地良くて、俺は一緒に歌いながら内心感動していた。
「はあ、はああ。終わったー」
歌が終わり、ぐったりと力が抜けてソファに座った俺は、咄嗟に周囲を見回した。すると麗音は次の歌の為にすぐさま立ち上がりマイクを握りしめており、真栄城は少しばかりムスッとしていたが、小さく拍手をしてくれる。海原はというと、なぜか泣きそうな顔でこっちを見つめていた。
「メチャメチャカッコよかったよ! 天沢君!」
「え、マ、マジで?」
天使はいつだってオーバーだ。よく解らないが、一度歌ったら急に楽しくなり、結局その後何時間もみんなで歌うことになってしまった。カラオケがここまで楽しいことを、俺はこの日に知ったのだった。
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