第31話 天使と悪魔の日常
ここ数日では珍しく曇り空となってしまった、八月のとある日。
天沢達が観光スポット巡りをしてからわずか二日後のことだった。
学園では天使とまで言われているスクールカーストトップであり、誰もが振り向くような端正な顔立ちをした少女、海原春華は友人とショッピングモールに来ている。
かろうじて都会と呼べなくもないこの街では、大抵はショッピングモール付近が高校生やカップル達のたまり場になっていた。映画館や室内球技など、沢山の娯楽施設がまとめられてことが理由である。しかしながら一歩外を出れば四方に山が見え、少し街から外れれば田んぼもあるような、のどかさと利便性が共存している世界だった。
「あれー? ちょっと春! そのラインの相手誰?」
「ひゃあっ!? こ、こら美姫。覗かないでよー」
海原はショッピングモール三階のファミリーレストランで、友人と次は何処で遊ぼうかというミーティングをしている最中にも、天沢秋次とラインをしていた。そこをトイレから戻ってきた友人に見つかってしまう。丸いテーブルには他に同じく友人である京香と、最近知り合った違うクラスの男子生徒、薬丸充がいた。
「え? なになに。もしかして彼氏?」
いきなり京香から言われた一言に、海原は慌てて首を横に振る。
「ち、ちが! 違うよー。お友達だよ。天沢君」
その慌てっぷりが、京香からしてみれば面白くて仕方なかった。クスクスと笑っている彼女とは対照的に、ちょっと不思議そうな顔になりつつ美姫が隣の椅子に腰を下ろす。
「ふぅーん。そうなんだ。最近よく話してるよね。天沢君と」
「ん……んん」
海原は話を逸らすネタを頭の中で探すが、見つからないのでとりあえずジュースをストローで吸い上げる。
「あのさー。海原ちゃんって、彼氏はいないんだよね?」
爽やかやな笑顔を振りまく中性的な男子である薬丸は、あくまで自然に立ち入ったことを聞くことができる。海原は耳まで赤くして首を横に振るしかなかった。
「ええー。でもさぁ、春みたいに可愛い子が彼氏いないって変だよねえ」
「変ですねー、本当に変!」
美姫と京香はクスクス笑いながら話を続けようとする。本当に意地が悪いんだから、と海原はむすっとした顔になる。向かいに座っている薬丸だけは真面目な顔をして、彼女の仕草を観察している様子だった。
「それにさっきのラインだけどー」
「わひゃうっ!? もうやめてってばぁ」
「あれ!? ねえ見て……あの人って」
美姫が海原をからかっている時、京香は少し遠くの席にいる二人組に気がついた。海原や美姫、薬丸もみんなが驚き目を丸くしている。どういう偶然か、学園の悪魔と呼ばれる真栄城夏希もまた、この店にやってきたらしい。
更に驚くべきはその同伴者で、見るからに幼い少年を連れている様子だった。まだ小学校一年生程度の容姿をしている。
「ちょっとちょっと! どうしてあの真栄城が、あんな可愛い男の子を連れてるわけ?」
「犯罪の匂いがプンプン立ちこめてるんですけどー」
美姫と京香は、今更ながらに壁に隠れる形で二人の動向を観察している。薬丸と海原は苦笑いを浮かべていた。
「うーん。なんでかなあ。私最近けっこう話すんだけど。ちょっと挨拶してくるねっ」
「わ、わわ! 春、ストップ、ストップ!」
美姫が慌てて立ち上がった海原を抑えた。キョトンとした顔の天使を前に、友人はため息を漏らしつつ、やはり視線は真栄城に向いていた。
「え? なんで?」
「なんでって……あの人いろいろヤバイ噂があるの知ってるでしょ。関わっちゃだめよ」
「噂はあるけど、実際に話してみるといい人だよ! でも……」
思い出したように顔を俯かせている様子を見て、隣に座っていた京香は何かを感じたが、今はとにかく二人のやりとりを見ていたかった。今は客も多くはないので、よく耳を澄ませば会話が聞こえてくる。
「ねえ、お姉ちゃん。今日は友達と遊びたかったんだけど」
「お友達とは今度遊びなさい。たまにはあたしとこういうお店で食事をすることだって悪くないでしょう。最近はお外に行ってばかりだったし、何をしていたのかお姉ちゃんに話しなさい」
どうやら弟らしい、と話を聞いていた四人は思った。と同時に、海原以外の三人は退屈な結果にため息を漏らしている。
「お友達と遊んでた。しんくんと大ちゃんとサッカーしたり、ひろみちゃんと一緒に公園でおままごとしたり、」
「ちょっと待ちなさい! ひろみちゃんって誰なの? 初めて聞く名前だわ」
突然前のめりに飛び出してくる姉に、弟は驚いて椅子から転げ落ちそうになるが、寸前のところで踏みとどまり、
「あ、新しいお友達……」
「ふうーん。新しいお友達ね。ちゃんとあたしに話さないとダメじゃないの。女の子の友達だったら尚更よ」
ぶつぶつと話を続ける姉にうんざりしている弟の前に店員がやってきて、甘口のカレーライスを持ってきた。少年はさっきまでの不機嫌が嘘のように目を輝かせると、真栄城は満足げに微笑を浮かべる。
「わああ! 美味しそう。いただきまーす」
「あ、ちょっと待ちなさい。お姉ちゃんがしてあげる」
「え……」
「「「「え」」」」
遠目に見ていた四人の声が綺麗に重なった。
「もう! ゆうくんってば、いつもご飯を
「い、いいよー。一人で食べられるよ」
「もう! いつもそう言いながら溢してしまうでしょう。ほら、あーんなさい」
弟は観念したように小さく口を開き、姉はゆっくりと慎重にカレーが入ったスプーンを入れる。もぐもぐと食べる姿を見て、真栄城は普段は見せない万年の笑みを浮かべていた。
「はい、よく噛んだ? じゃあ次よ」
「も、もういいってば」
少年は堪らず余っていたスプーンを手に取ると、自分でガツガツ食べ始めた。
「まあ、偉いわ! ゆう君」
そう言いながら、今度は優しく少年の頭を撫で始めた。姉の行為に弟は顔を真っ赤にさせていたが、手を止めるとまた食べさせられることを知っていたので、気にせず食べるしかなかった。
「「「「え!」」」」
遠目から隠れて覗いていたリア充グループは、学園の悪魔の意外な行動に全員が固唾を飲んでいた。
「真栄城さんって、すっごい弟さんに優しいんだね! 私イメージ変わっちゃった」
そんな真栄城の姿を見ても、海原は瞳を輝かせ始める。また一つ長所を見つけたと思っている親友に、美姫はため息を漏らすしかない。
「優しいっていうか、過保護じゃん。あれじゃーさ、逆にあの子大変だと思うけど」
二人が話している間にも食事は進み、終わり際に少年はヒョイッと椅子から降りると、
「おトイレ行ってくる」
「あら、じゃあ一緒に行きましょうか」
「「「「えー!?」」」」
「い、いいよー。一人でできるから」
「もう! お姉ちゃんを困らせないで。さあ、トイレはこっちよ。悪いけど男子トイレ以外にしましょうね」
嫌がりつつも連れて行かれる少年を、四人は呆然と見送っていた。
「困らせてるのはどっちだよ……。っていうか、ああいう人が彼氏作ったらどうなるんだろ。ちょっと引くわ。流石に」
薬丸の言葉に、海原はピクリと反応してしまう。
「きっと一日中デレデレしますよ。普段はあんなにクールなのに」
「だよねー! ……あれ? どうしたの春」
京香と美姫はいささか興奮していたが、海原は逆に考え込むような仕草を見せていた。
「え!? ううん! 別に」
それからリア充グループは施設内のスポーツを楽しみ、真栄城姉弟はショッピングモールから出て行った。同じ頃、天沢秋次は何も知らないまま、マスターとカフェでのんびりとした一日を過ごしていた。
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