第10話 エンジン

 エンジンか。さて、困ったぞ。私はエンジンのことなんてなんにもわからない。マリーナの人に聞くと


「最近の選外機は全てフォーストロークエンジンです。燃費が良くて故障も少ないです。古いツーストロークエンジンの、そうですねえ。倍は走りますよ。耐久性は、そうですねえ。1000時間を目処にオーバーホールがいるでしょう。毎年のメンテはどんなエンジンでも必須です。2000時間近く使ってらっしゃる方もいます。」


「ははあ。」

「この他にはディーゼルエンジンもありますが、中古はほとんどタマがありませんねえ。ヤンマーディーゼルは耐久性が良いです。長い方だと10000時間以上使っている方もいます。」

「ずいぶんながもちですねえ。」

「ヤンマーディーゼルの耐久性は折り紙つきですよ。そのぶん中古も少ないですし、なかなかよいものはでませんね。」


 なるほど。ヤン坊マー坊天気予報は並みじゃなかったのか。それだけ長い間農家や漁業に寄り添っていたんだなあ。


「海の上でうんこがしたくなったらどうするんですか?」

「みなさん、そうおっしゃいますが、案外、海の上ではやらないですよ。不安定なので。どうしてもというときは男性は海でやってますね。女性がいる場合は簡易トイレと着替え用のテントを積んでいる方が多いようですね。」

「なるほど。」

「もちろんトイレの付いているタイプの船もありますがどうしてもキャビンのサイズが大きくなりますから価格も上がります。ええと、トイレ付きで一番安いのは…うちではこれですか。250万になります。」


 わたしは持ってきた10万円をポケットの中でぎゅっとにぎりしめた。いかん、この10万を見られたら末代までの恥だ。私はつぎにいったマリーナでは「10万」という金額を封印することに決めた。では、いくらからスタートすればよいのか。どんなによく考えてもわからない。そう。私は迷宮のラビリンスへ足を踏み込んでしまったのである。


 私の人生をふりかえって考えると、できないことはできない、わからないことはわからないと言ったほうがだいたいことはうまくいく、いや、いってきた。そうだ、つぎに「予算は?」と聞かれたら「いやあ、わからないんですよ。ぜんぜん。」と言おう。そうだ、それがいい。私はこのように考え付いた自分をほめてやりたかった。


 そして、できればヤンマーの船がほしいなと思いだしたのはたぶんこの時のであった。

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