第19話 アメリカ編 キャステイクレイク突入
フリーウェイを抜け、右に大きく曲がる。突き当りにガスステーションがあるのでそこで給油。とても大きなガソリンスタンドでバスボートも数台止まっている。弟は一番はじっこのレーンに車を止めた。
アメリカのガソリンスタンドは一般的に小さなコンビニエンスストアと一緒になっている。コンビニに入り、一応、トイレ。そして、コーヒーとサンドウィッチ、ゆで卵を買う。弟は飲み物だけで食べ物はいらないという。
外にでてゴアテックスのレインウエアを着こむ。実はここはロスアンジェルスと比較して10度以上気温が低い。今もおそらく8度程度。震えるほど寒い。おいおい、こんなに寒くて本当に釣れるのか?弟に問いただすと
「まあ、つれるやろ。」
とぶっきらぼうにつぶやく。あんたね。ぜんぜん釣れそうな気がせんちゃけど。
弟は僕より7歳も年下だ。かなり離れて突然生まれた末っ子なので小さいころはみんなでもみくちゃにしてかわいがった。弟は大きな兄と姉がとても怖かったらしく、昔は私の前では借りてきた猫みたいにおとなしかった。逆に外でいちばんやんちゃだったのは弟で毎日けんか三昧。体も大きくいろいろやらかしていたらしい。でも、家に帰ると猫のようにおとなしい。
あれから40年。弟は壮年になり、私は初老となった。立場はすっかり逆転してなにかというと弟は僕を叱る。
「にいちゃん、もうちょっときちっとした格好して。はずかしいけ。」
おまえだってTシャツと短パンやないか。
「にいちゃん、おれが言うとおりにせんと釣れんばい。」
これにはちょっとむかっときた。お前に釣りを教えたのは僕だぞ。しかし、僕も大人になった。口答えをせず、わかったわかったと言ってうつむいておく。
アメリカでは釣りをするのにライセンスが必要だ。居住者が内水面で釣りをする場合、年間30ドルほど。非居住者は一日当たり15ドルほど払う必要がある。まとめて買えばお得になったりするのでよく調べてから行ったほうがよい。アメリカ人の釣りの感覚は日本人と違いスポーツの一種と考えられている。だから日本に比べてレギュレーションもとても厳しい。持ち帰ることができる魚の大きさ、数量が細かく決まっているほか、例えば、Aという湖からBという湖にボートを移動させる場合9日間以上に日にちを開けないとだめとか、釣ることができるエリア、持って帰ることができない魚、とにかく事細かに決まっていて罰則も厳しい。アメリカ人は前述したように規則を尊重する精神がある。アメリカ人の自由は規則を遵守した上での自由であり、日本人が使う「自由」という単語とはぜんぜん意味が違っているようにさえ感じられる。
ガスステーションを出て湖を目指す。すこし小高い丘のようなものがありその向こうがキャステイクレイクだという。
ゆるやかな丘をトレーラーを引いた車はゆっくりと昇っていく。丘を越えると眼前に湖が飛び込んできた。ああ、これが聖地「キャステイク」か。助手席で足ががくがく震えるのがわかる。高校生のころだったか開高健に夢中になった。開高健がアメリカでバス釣りをしたのはレイクミードかレイクパウエルだったと思う。荒野の中に突然現れた紺碧の湖とそれを取り囲む断崖絶壁、その絶壁を縫うように進むバスボートの写真の数々。私はその話を何百回読んだだろう。ルアーでは釣れず、ガイドのユーレイ君はついにイモリのライブベイトを使う手に出たが釣れず手痛い思いをしたのだった。私はやってきたのだ。湖は違えど私もついにこの地へやってきたのだ。弟よありがとう。
車が少しつまっている。この先に湖の入り口があり、ライセンスなどのチェックをしているのだという。前を見るとちょうどゆうさんも到着したところで先にゆうさんのバスボートが見えた。車も進まないので降りて挨拶をする。ゆうさんも楽しそうだ。
「にいさん、今日はどっちに行きますか?」
「俺、左の奥に入ろうと思うんよ。しゅうちゃんはどっちに行く?」
「僕は右の岬のところに行きます。」
「オーケー、じゃあとで連絡とりあおう。俺、インスペクション受けんといかんのよ。こないだデスバレーに行ったから。」
「しゅう、なんね?インスペクションって。」
僕がたずねると
「ああ、あのね。アメリカでは他の湖にはいったボートは乾いているかどうかを検査して許可をもらわないと湖にボートをだせないのよ。」
「へえ。」
「ほら、ここみて。」
弟のボートを見ると、トレーラーとボートをつなぐ金具にワイヤーが固定してあり封印がされている。これはキャステイクの封印でこの封印があるかどうかでインスペクションを受けなければならないかどうかが決まるという。
奥が深いぞ。アメリカ!!
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