第41話 行くも地獄引くも地獄
本当になさけないことだが、私は船があって1級の船舶免許があればどんなところへでも行けるのだと思っていた。私は個人的に30年近く古典文学の研究をしており、もし、船を買ったら自分の船で大島から沖ノ島に行ってみたいと考えていた。古の人が見たように海上から沖ノ島を眺めてみたい。(現在は許可なく上陸できません)
古代日本にはたくさんの豪族がいて各地を支配していた。それは間違いない。その中でも巨大と思われる勢力がいくつかあったようだ。律令制度が完成するずっと以前。私は日本には3つの大きな支配体系があったと考えている。その一つが宗像を中心とする勢力。もう一つが島根を中心とする勢力。最後に三重を中心とする現天皇家の三つである。北部九州から山陰の遺跡をつぶさにしらべていくと大陸からの渡来人の遺跡がとても多いことにいやでも気付かされる。当時大陸からの玄関口となっていたのが福岡県宗像市であることは間違いない。大陸からの一番安全な海上ルートが対馬、沖ノ島、大島、宗像のルートであった。古代人が行き来した海上ルートを自分でも体験したい。
しかし、小型船舶検査機構の方の説明によるとそれはできないという。現在の登録内容では速力15ノットで登録されておりその場合15ノットの一倍、つまり15海里までしか岸から離れることができない。15海里というと27.8キロメートル。大島から沖ノ島までは約50キロある。私は愕然とした。
余裕で行けない。
「はあ、あんたねえ。ほんとにばか!普通子供でも自分がほしいものの値段とか調べてから動き出すよ。」
家内はたしかこう言っていなかったか。えみちゃんはいつも正しいことしかいわないなあ。
わたしはしょんぼりとして船舶検査機構をあとにした。次に漁業組合に出向き船舶の保険に入る。年2万円ほど。これでとりあえず安心して船に乗ることができる。その足で船検証を役場に提出する。
準備は整ったが初めて船を動かすのでさすがに一人では心細い。そこでお客さんでもあり友人でもあるNさんに協力をお願いする。彼は元大学のボート部だったので沈没して死ぬことはあっても船に酔うことはないだろう。最初はいやがっていたが渋々承諾してくれた。練習に出る前日。私は久しぶりに家に帰った。会社が博多にあるため普段はほとんど博多に常駐しており北九州に帰ることはないのだ。
「ただいまー。」
「おかえり。」
家内があわちゃんと出迎えてくれた。
「あのね。明日ね、船の練習にいくけ。」
「は?」
「あの。船の練習に…」
「あんた。もしかして船買ったんね?」
「…う、うん。」
「はあ?ばっかじゃないの?」
ついに馬鹿の前から究極のとか正真正銘のなどの形容詞が消え去り私は真の馬鹿になった。
「う。いや。その。て、亭主に馬鹿とはなんね。馬鹿とは。」
「馬鹿やけ馬鹿っちゆうたんよ。」
「う。」
「パパのこと馬鹿だと思う人!!」
『はーい。』
「ほら、あーちゃんも馬鹿っち。パパ、馬鹿やねー。すかんねー。」
『ねー。あーちゃん。』
「よしよし、いい子いい子。もう本当にうんざりする。ねー、あーちゃん。」
『ねー。』
(注:この会話の下り。脚色ありません。あーちゃんはソロモンオウムという大型のオウムですが家内の問いかけには羽を大きく広げて「はーい」と返事をします。本当にかわいいです。)
オウムと家内に馬鹿にされながら釣りの支度をしているとなんだか死にたくなってくる。目がかすんでFGノットがうまく結べない。葬式の支度をするように釣り具を確認する。釣れる気がまったくしないのはなぜだ。まあよい。とりあえず明日。出港していろいろ確認しなければ。
しかしこの後、本当の試練が待ちかまえていようとは私も家内もあーちゃんも全く知る由もなかったのである。
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