第43話 ヒーイズナッツ

 私は一旦彼を落ち着かせようと話すのをやめた。ところがそれがいけなかった。彼はあろうことかそれこそなんにも関係のないNさんにも罵りの矛先を向け罵声を浴びせだしたのである。


「ちょっと、ちょっと待ってください。」

「は?なんでや。なにを待つんや。」

「いや、彼はそれこそなんにも関係ないじゃないですか。」

「なにおーーーっ。だいたい、きさまが…」


 いかん。これは逃げた方が早い。私はそう決心した。


「わかりました。帰ります。」


 私はそう言うとNさんに「すみませんでした。」と謝り、たこぼうずの方を振りむきもせず車に戻った。運転席に座ったがいいがふつふつと怒りがこみあげてくる。そんな私の姿を見たNさんが


「どうしたの?あの人を怒らせるようなことを何かしたの?」

「いえ、まったく覚えがありません。どうもすみませんでした。いやな思いをさせて。」

「いや、まあ、君の事だから他人に失礼なことをするような人間じゃないというのはわかってるけど。じゃ、なに?あの親父は勝手に怒っているわけ?」

「たぶんそうです。私にもよくわかりません。」

「でも、なんであんなにひどいこと言われないといけないのかね?」

「いや、まったくわかりません。」


 私はNさんに丁重にお詫びをし、家までもどった。一体、なんなんだ。私がなにをしたというのだ。大体、あんなことを言うのなら挨拶に行ったときに酒なんか受け取るのはおかしいだろう。私は礼を尽くしているつもりだ。


 私は即座に船を移動させる決断をした。


 いつもお世話になっているWさんが止めている津屋崎スズキのマリーナがすぐそばにある。そこに一時移動させてもらおう。ネットでマリーナの電話を調べ電話をかける。


「すみません。私、ケイと言いますが。」

「はい。どうしました?」

「いえ。あの。そちらにWさんの船が泊まっていますよね。私何度か伺ったことがありまして。」

「ええ泊まってます。それで?」

「今ですね。Fマリーナに私の船が止めてあるんですが、かくかくしかじかで、はい。」


 おおまかに話をすると津屋崎スズキマリーナの所長が笑い出した。


「ああ。あのFマリーナの。あそこのところでしょう?」

「はい。そうです。こまってしまって。」

「あそこの親父はいろいろ有名なんです。たしか近くのマリーナにも同じようなことで移動してきた人がいますよ。」

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