第49話 帰港
のんびりと船を走らせていると気が付いたことがあった。海には思いのほかたくさんのブイらしいものが浮いている。あれはいったいなんなのだろう。不思議に感じたがこのときはまったく理解できなかった。そこで海に出ているはずのWさんに電話をして聞いてみることにする。
「あ、Wさんですか。どうも。釣れてますか?」
「いやいや、まだまだ。どう?船はおろせたの?」
「はい、おかげさまでなんとか下せました。」
「それはよかったね。」
「ありがとうございます。で、ですね。ちょっとお聞きしたいんですが海の上にブイみたいなものがけっこう浮いているんですけどあれはなんですか?」
「あ、あれはほとんどが定置網だよ。近寄ったらいかんよ。」
「ああ、そうなんですね。」
「特に、津屋崎のマリーナに入っていくときの堤防の左側。あの辺りはものすごく浅いから絶対に近寄るなよ。」
「はい。わかりました。」
定置網ですか。マリーナに入っていくときの堤防ってなんですかね。情けないことではあるが昨日あれほど調べたはずのマリーナ廻りのことが全く思い出せない。マリーナの周りってどうなってたっけ?
あわててグーグルマップを開いて航空写真でマリーナの周りを検索する。GPSで自分の現在地を調べてマリーナのおおよその方角を見てみる。
なんにもわからない。
これではいつまでたってもスズキ津屋崎マリーナにたどり着けそうにないぞ。とりあえずまた釣り竿をもってジグを落として時間をつぶしながら考える。さて、どうやって港に入ればいいのだろうか。そうこうしているうちにスズキが一匹つれた。あまり太ってはいないが60cmほどの元気のよい魚だ。おお。釣れるじゃないですか。なんのことはない。人間というものは現金なものでたった一匹魚が釣れただけでこれまでの苦労が全部消し去られてしまうようだ。
私はにこにこであった。
このままなんとなく釣り糸を垂れていてほかの船が港に入っていくのを待とう。その後ろをついていけばよい。
そう思いついた私はのんびりと釣りをしながら他の船が寄港するのを待つことにした。約2時間ほど待っていると一艘のプレジャーボートが港に向かって走っていくのが見えた。あわてて釣り具をしまいプレジャーボートの後を追う。Wさんに教わった堤防が見えてきた。津屋崎スズキマリーナに入港の電話連絡を入れる。
ゆっくりと川を遡っていく。あの橋をくぐればスズキ津屋崎マリーナだ。思い付きでプレジャーボートを買ったはいいがこんなに苦労するとは思いもしなかった。船を買って海に浮かべて釣りを楽しむ。私がやりたかったことはたったそれだけなのに。
橋の向こうに津屋崎スズキマリーナの艀が見える。所長のKさんと所員が手を振ってくれているのが見える。これから修理をしたり塗装をしたりまだまだやることも多いだろうけれど長かった私が船を買うまでもようやく終わりが来たようだ。これからなにか楽しいことがあるのだろうか。
いやあ。ないような気がするなあ。
確か家内はこう言っていなかったか?
「はあ、あんたねえ。ほんとにばか!普通子供でも自分がほしいものの値段とか調べてから動き出すよ。」
私は家内の言葉をかみしめながら慎重に船を艀に近づけ係留の準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます