第27話 おっちゃん
天草から踵を返して訪ねて行ったのは糸島のとある漁師町である。知り合いの漁師と漁港で待ち合わせて彼の親戚の叔父さんの家へ向かう。その叔父さんは作業小屋でひっくり返って昼寝をしていた。
「おっちゃん。おっちゃん!!」
「…う?おお。なんな?」
「ほら。船を欲しいっていう人をつれてきたばい。案内して。」
「ああ。よかよ。」
おっちゃんは作られてから50年以上はたっているエンジンが始動する時の様にギクシャク動き始めなんとか上半身を持ち上げた。上半身を持ち上げてからクラッチがつながるまでがまたしばらくかかるようで上半身をゆすりながらぼんやりとしている。長い間潮風にもまれたしわくちゃの顔にどうやらあるらしいようなないような眼のシワは開いているのか閉まったままなのか見当もつかぬ。窓の外は霧のような弱い雨が降っている。港を歩いている人は誰もみあたらない。
おっちゃんは煙草をつまんで火をつけひとつふたつ咳込んだ。灰皿が見当たらない。彼は手盆に灰を落として大きなあくびをした。さすがは漁師とでもいったらいいのであろうか。黒々とした黒檀のような皮膚としわだらけでごつごつと節くれだった指は熱さなどあまり感じないらしい。一服吸い終わった後そのあたりにぱんぱんと灰を落とし、しわくちゃの顔をよりしわくちゃにし、頭をがしがし掻いてからようやく立ち上がった。立ち上がっては見たものの今度は足元がおぼつかない。
やっと外に出ようとしたおっちゃんの目が泳いでいる。わたしはどうしたのだろうといぶかしんでおっちゃんを見た。
「おっちゃん。どうしたん?」
「う。う。靴が…」
「靴がどうしたん?」
「…ああ。みあたらんねえ。」
「どげんしたんね?」
「犬がくわえていったごとあるねえ。一個しかないねえ。」
「もう。なんかいな。ちょっと待っとき。家からもってきちゃーけん。」
「…う。おお。」
靴を持ってくるようにたのんだおっちゃんはスイッチが切れたかのようにどっかと座り込んだ。そしてまた一服。煙草を吸いながらいつ入れたのかわからないようなお茶をすする。すすっては煙草をふかす。ふかしてはすする。その姿はまるでポンコツの焼玉船のようだ。
「あのお。もうどれぐらい漁師をなさっているのですか?」
わたしは手持無沙汰になりおっちゃんに聞いてみた。
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