第31話 タダより高いものはない
私は深く反省した。目先のことばかり考えて本当に大切なものは何かを見失っていた。金額はマストの条件ではない。安全がマストなのだとはっきりと認識させられた。海上での安全を確保するためにはやはりきちんとした船体とエンジンは絶対条件なのだ。そのためには信用できる業者さんから買うこと。どうやらそれしか方法が残されていないようだ。
よく考えると漁師が自分の商売道具を良い状態で安く手放すはずがない。さっき見たようなもう使えそうにない自分が不要になったものを手放すのではないか。十分使えるものはやはりある程度の金額でしか手放さないだろうし自分の手元に置いておくに違いない。私は商売の基本というものを忘れていた。
信用できる業者といってもいままで見て回ってきたいわゆる大手のマリーナに展示してある船はとても私の予算に合わない。私は車を止めネットで検索してみた。せっかく糸島に来ているのだから船を販売しているところはないものか。検索をかけるとすぐにいくつかのお店があることがわかった。残された時間はあとわずかである。私は藁にも縋る思いでその業者を回ることにした。
ただやみくもに回るだけではだめだ。私はノートに書き留めてあった購入したい船の条件を再確認することにした。以前書き留めていた条件は以下の7つである。
1.長さは7m以内(係留所の条件)
2.馬力はわからない。
3.釣りがしたい。釣りがしやすい船。
4.できればトイレ付。
5.エンジンがメンテしやすく長持ちする船。
6.できればシャフト船は除きたい。
7.GPS魚探がほしい。
この中の2番目。馬力がわからない。これがだめだ。
どうやら今まで話したり見たりした経験からすると「馬力数×1万円+α」これが非常に金額的に的を射ているような気がする。よし、ではこうしよう。例えば60馬力の船なら60万+α。これぐらいで探せば良いものにあたるかもしれないぞ。さっそく一番近くにある中古船の販売会社に電話する。感じの良い女性が対応してくれた。訪問の約束をして電話を切る。
私が電話を切るのを待っていたかのように電話が鳴った。先ほど別れたばかりの漁師からであった。
「もしもし。あ、先ほどはどうもありがとうございました。」
「いえいえ。で、ですね。」
「はい。」
「あの、さっきの船ですが。」
「え?はい。どうしました。」
「おっちゃんがですね。あの船。もういらんからタダでもっていってくれんか?って言うんですよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます